第26話 一緒に寝ましょう。

 マキネとお互いの気持ちを確認してからどれくらいの時間が経ったんだろう? 一時間? 二時間? 分からない。


 抱き合ったまま、どちらともなくお互いのことを話した。あの時どう思ったとか、何を考えていたとか、ポツリポツリと呟く度に短い答えを返して、また静寂に戻る。マキネの体温と香りだけを感じて、それ以外には何も分からなかった。


 そうしていると、マキネが時計の方をチラリと見た。


[もう、深夜になってしまいましたね]


「うん」


[そろそろ寝ないと、明日遅刻しますよ]


 仕事のことなんて考えたく無いけど、そうにもいかないよな。布団、敷かないと。ゆっくりとマキネの体から離れる。だけど、名残惜しくて、その手を取ってしまった。


[どうしました?]


「なんとなく……」


 普段だったら自分の行動に恥ずかしさも覚えると思うけど、今日は違った。自分がずっと寂しくて、誰かに助けを求めていたんだと気付かされる。それに、あの河川敷でキラキラ光るマキネを見てから、ずっとこうなりたかったんだってことも。


 マキネは、あの桜色のまま、俺の顔を見つめた。少し首を傾けて、真っ白な中に少しだけ溶け込んでいるピンクの優しい光が、まるで微笑みかけてくれているように感じた。


[それなら……今日は一緒に寝ましょう。ユータのお布団で。それなら朝起きるまで一緒ですよね]


「え……」


[嫌、ですか?]


 先程までの綺麗な色が青みがかっていく。彼女を悲しませたく無いという想いだけが胸の中で広がっていく。


「ううん。嬉しいよ」


 マキネの色がパッと明るい色に変わる。それを見ながら二人で寝る準備をした。



◇◇◇


 布団を敷き、マキネがそこに横たわると、無意識に体のラインに目が言ってしまった。細い体に小ぶりな胸、そのショートヘアの髪のような触手も重力に逆らわずに布団の上に広がっている。自分が彼女に見惚れていたことが恥ずかしくなって、目をウロウロと動かしてしまう。


[ユータの顔、真っ赤です。私みたい]


「ご、ごめん。ジロジロ見て嫌じゃなかった?」


[嫌と言ったらどうしますか?]


「ええと、その……」


[ユータ]


 焦る俺の方を見つめて、彼女は優しい声で語りかける。


[だから、抱きしめて下さい。私が嫌がっているか確かめて]


 その言葉で、自分の中の恥ずかしさが霧のように掻き消えた。ただ、マキネに対する愛しさと、ほんの少しだけ残った理性で彼女を抱きしめた。


[私、嫌がってますか?]


「……嫌がってないよ」


[私のこと、分からない?]


「分かるよ。マキネのこと」


 そう伝えると、彼女は笑って俺の背中に手を回す。さっきと同じように彼女からシャンプーの香りがふんわりと漂った。俺が使っているのと同じはずなのに、全く違う香り。それを感じるだけで俺の心臓が高鳴る。だけど、それと同時にすごく安心している自分もいた。


「ずっと思ってたけど、シャンプー、するんだ」


[私の髪……触手は、汚れ無いのでいらないのですけど、これが好きなんです。この匂いが]


「綺麗好きなんだね」


[ううん。ユータと同じ匂いがするから、好きなんです]


 自分の顔がまた熱くなる。


「マキネは俺のこと殺す気なのか? 恥ずかしくて死にそうなんだけど」


[でも、事実ですから]


 悔しくてマキネを思い切り抱きしめた。


[あ。ふふ]


 俺の身体が反応してしまっていることが彼女にバレて笑われてしまう。


「ご、ごめん……」


[嬉しいです。謝らないで]


 その言葉に、衝動的にマキネを抱きたくなった。けど、ギリギリの所で踏み止まってしまう。この年になると理性も強くなるんだな。そのことに安堵する一方、残念に思う自分もいた。


[ユータは優しいですね]


「度胸が無いだけだよ」


 マキネは笑いながら、でも、優しく俺の背中を摩ってくれた。


 その後は、色々話しながら今後のことを話した。マキネの自立を助けて行くことは変わらない。坂下さんのことを調べるのも変わらない。変わったのは二人の関係だけ。


 俺はマキネとずっと一緒にいたい。だから、これからは俺とマキネが一緒に暮らしていけることを最優先に考えよう。


 そんなことを考えながらゆっくりと眠りに落ちていく。孤独を実感して震えることも無い。今を忘れようと酒に逃げる事も無い。


 何年ぶりだろう?


 こんなに安らかに眠りにつけたのは。

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