第27話 ふひひひ

「町田先輩。この資料チェックして下さい」


「早ぇなおい」


「やっぱりちゃんと定時に帰りたいと思って。最近また残業してしまってたんで」


「お、彼女の為か?」


「はい」


「え? お、おぉ……即答だな。ま、いいや見とくわ」


 戸惑った顔をする先輩を横目に、課長に振られた案件に取り掛かる。この前まで頭にモヤがかかっていたみたいだったけど、今はウソのように集中できる。それに、胸の奥底にあった不安感が無くなった。きっとマキネのおかげだ。


檜木ひのき君」


 名前を呼ばれて振り返ると、いつの間にか事務の高島さんが後ろに立っていた。


「はいこれ」


 差し出された何かを受け取ると、それは名刺だった。名前を見てみると「桜沢情報事務所」と書いてある。下には桜沢花さくらざわはなという名前。肩書きは所長だった。


「これは?」


「前言ってた興信所みたいな所。名刺捨てたと思ってだんだけど、古いバッグの中に入ってたの。六年前に頼んで以来だったから一応調べといたよ。まだ残ってるみたい」


「え、ありがとうございます」


 まさかずっと探してくれていたなんて。でもこれで坂下さんのことを調べられるかも。


「いいのいいの。私も旦那に見つかる前に処分できて良かったわー」


 高島さんがカラカラと笑う。爽やかに笑ってはいるけど、この人旦那さんと結婚する前に興信所使って徹底的に調べたって言ってたよな……その笑顔が逆に怖いよ。



◇◇◇


[これ、自信作ですよ]


 テーブルの向かいに座るマキネが差し出したのは、手羽元の唐揚げだった。でも、先端の方が寄せてあって普通のとは何か違う。


 あれ? これってどこかで見たような……。


[チューリップという名前の料理です]


 あ、そうだ! 居酒屋とかで見たことあるヤツだ。


[こちらの方が食べやすいかなと思って]


 早速一つ食べてみる。醤油味の中にニンニクと生姜の風味が効いていて、すごく美味しい。普通の唐揚げも好きだけど、サッパリした口当たりで何個でも食べれそうだ。


[どうですか?]


「美味しいよ。もっと食べてもいいかな?]


[ふふ。好きなだけどうぞ]


 ご飯も味噌汁も美味しい。お腹が空いていたのもあって夢中で食べ進めてしまう。


 ふとマキネの方を見ると、彼女は料理に手をつけず、俺のことをジッと見つめていた。桜のような色に揺れる触手。その姿を見てつい笑みが溢れてしまった。


[どうしたのですか?]


「マキネが可愛いかったから」


 約束通り正直な気持ちを言ったのに、マキネはその光をチカチカさせた。触手も混乱したようにオロオロ動いて、余計に可愛らしく思えた。


[いきなり……ビックリするじゃないですかぁ]


 そんなことを言うマキネの顔は、スライムみたいにタプンタプンに緩み切っていた。光もいつもだったら球体なのに緩み切ってフニャフニャになってるし、触手もデロンデロンに伸び切ってしまってる。


[ふ、ふふ、ふひひひ]


「わ、笑い方が怖いよ……」


◇◇◇


 二人で食器を片付けて、一息付いた所で今日の話を切り出した。


「あの、さ。坂下さんのことを調べるきっかけができそうなんだ」


[本当ですか?]


 マキネに名刺のことを話した。


「他人へ坂下さんの件を話すことになるんだけど、マキネはどう思う?」


 マキネと出会ってから二人で坂下さんのことを調べてはいたけど、正直手詰まり感があった。SNSやネット掲示板じゃ当然個人情報は得られなかったし。


「俺達が坂下さんの免許証に残った住所まで出向く方法もあるけど……」


[チアキの知り合いに不審に思われるかもしれないです]


 そこだ。もし、坂下の知り合いに不審に思われたりしたら……警察に通報されたりしたら、こうやって一緒にいることはできなくなるかもしれない。


「でも、マキネは知りたいんだよね? 坂下さんのこと」


 マキネがゆっくりと頷く。


[今だから思うのです。この体で生きることには責任があるのじゃないかと……だから、チアキに何があったのかを知って、その上で私は生きたいです]


 マキネの光は複雑な色をしていた。薄紫色だけど、赤みが強い。けど優しい色合いで……また新しい色を発見して嬉しくなった。


 そして、そんな彼女が望むことを手伝うのは俺の役目だ。


「分かったよ。明日、連絡してみるよ」


 そう伝えると、マキネの触手が嬉しそう左右へ揺れた。

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