第5話 おはようとはなんですか?

 朝目が覚めると、ベッドで女性が寝ていた。体は普通の人間なのに顔がクリオネみたいな生物。マキネだ。その透明な顔を見ていると昨夜のことを徐々に思い出して来た。


 そうだ。俺、この子と一緒に住むって約束したんだったな。


 思い出すほど不思議だ。何で俺はそんな約束してしまったんだろう。

 

 好奇心に負けてマキネの顔を良く見てみる。すごい。透明なのに耳の形がちゃんとある。耳から音を聞いているのかな? 輪郭や造形は人間その物だ。でも、のっぺらぼうな所は人のそれとは全然違う。あと、眠っているからかな。髪みたいな触手も両サイドのもみあげのような2本の触手もクタっとしてる……。


 透明な顔の中にある光の球も昨日よりぼんやりした光になっている。オレンジ色っぽいような黄色っぽいような光。球体も形を変えて真横に細くなってる。なんだか人の瞼みたいだ。


 頬にあたる部分を押すと、指先にプニプニした感触が伝わる。透明なのにほんのり暖かい。本当に変な生き物だな。


 指をグッと押し込んでみるとスライムみたいに形を変えていく。そのまま中の光に触れそうだ。


 ……この光触ったらどうなるんだろう?


 押し込んで指先で光に触れてみる。感触に変化は無いな。これなんなんだろう? 内臓?


[ふっ]


 光に触れているとマキネの声が聞こえた。


[ふひひひひひ……]


  わ、笑ってる。くすぐったいのか?


[ひはははははっ!]


 笑いながらマキネが飛び起きる。少し顔を俯きながら部屋を見回す。寝ぼけているのかな?


[あれ。私……なんで]


 マキネがこちらへ顔を向ける。手で何度も顔を擦る姿が人間らしくて変な感じだ。


[あれ? ユータ]


「おはよう」


 マキネが首を傾げる。


[おはようとはなんですか?]


 おぉ……おはようも知らないのか。でも最初から話せることもあったりして、謎だ。


「朝の挨拶だよ」


[なるほど。おはようユータ]


 マキネとそんな会話をしながら時計を見ると、もう8時10分だった。


「やばい! 遅刻する!?」


 急いでスーツを引っ掴んで着替える。ヒゲも剃らないと!?


[どうしたのですか?]


「会社に遅刻する!」


[会社とは何ですか?]


「あ、あああ後で説明するから! そこ、冷蔵庫! 腹減ったら中にある物食べていいから! 昼には一回帰って来るから外に出たらダメだよ!」


 ベッドの上でボケっとしているマキネを残して家を飛び出す。途中鍵をかけてないことを思い出してダッシュで戻って鍵をかけ直した。



◇◇◇


 会社へ全力で走ったおかげでギリギリ始業時間には間に合った。部長に小言は言われたけど、部署の人達には怒られずに済んだ。


「お前がギリギリなんて珍しいじゃん。なんだ? 夜遊びでもしたのかよ?」


「そんな訳無いじゃないですか。町田先輩こそ奥さん大丈夫だったんですか?」


「おぉ〜きっちりブチ切れられたぜ『こんなモンで機嫌取ろうとしやがって!』ってな」


「何をそんなに怒らせたんですか……」


「ゴールデンウィークによぉ。カミさんと子供ほっぽらかして泊まりでツーリング行った」


「何やってんですか……」


「ちゃんと許可取ったんだぜ。でもまぁ、気分でも変わったんじゃねぇの?」


 先輩は特に気にした様子も無くPCに向き合うとネットサーフィンを始めた。仕事してくれよ……。



 許可貰ったのに後で怒られるのか?



 そう言えば俺もあったな。そんな風に元カノ……あやに怒られたこと。



 ……。



「なんで? せっかく今日休み取ったのに、なんで1人でどっか行くの?」


「いや、だからこの前言ったじゃないか……同じ高校だった友達がこっちに出て来て、今日会う約束が……」


「そんなこと聞いてない」


「ちゃんと言って……お、おい、聞いてくれって」


「知らない。行きたければどうぞ」


「久しぶりに会うヤツなんだって」


「私は裕太の寝顔しか見てないけど? 最近帰り遅すぎるから。それって久しぶりに会うのと変わらなくない?」


「い、いやそれは……大きい案件が重なってて……」


「言い訳ばっかり。ほら、お友達が待ってるんでしょ? 早く行きなさいよ」


「あ、おい……」


「……」


「……なんで数年ぶりに友達に会うのに、こんな……思いしなきゃいけないんだよ」



 ……。



 あぁ。嫌なこと思い出した。



 仕事に集中しよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る