第6話 早く帰って来て欲しいです。
12時になると同時に会社を飛び出した。
コンビニに寄って弁当とカップ麺を買い、家への道を走って帰る。
いくら会社から徒歩圏内とはいえ、往復は中々時間食われるな。布団と一緒に自転車も買うか……?
今日仕事が終われば明日から土日だ。その間に必要な物を色々揃えないと。
やっとのことで家に着いたのは12時15分だった。
「た、ただいま……マキネ……」
マキネは昨日着ていたパーカーに着替えて、テーブルの前に座っていた。
[おかえりなさい]
「あれ、おかえりは知ってるの?」
[ユータがいない間に勉強しました]
勉強?
焦っていて気付かなかったけどよく見たらTVから映像が流れてる。子供用の教育番組を見ていたようだった。
[でも、質問しても答えてくれないから不親切です。映像とシチュエーションで憶測するしか無いので間違えているかもしれません]
「いや、間違って無いよ。ただいま」
すぐに弁当をレンジにかけて、ヤカンで火を沸かす。マキネに弁当を渡してカップ麺にお湯を注いだ。
[私の方が良い物を食べて良いのですか?]
「俺がそうしたいだけだから」
マキネは少し考えた後、弁当を食べ始めた。箸の使い方も様になってる。昨日はおかずに突き刺して食べていたのに。
「箸の使い方もう覚えたの?」
[面白いですよね。指す方が効率的だと思っていたのに、こうやって挟むと随分安定して食事を取ることができるなんて」
彼女が弁当に入っていた卵焼きを挟んで差し出して来る。
「え、何?」
[食べますか? 黄色くて美味しそうです]
「い、いいよ」
断ったのにマキネがさらに卵焼きを近付けて来る。2本の触手を左右にユラユラ揺らしながら。
「なんで近づけて来るの?」
[え? 『いいよ』とは同意の言葉ですよね?」
彼女は白色を発光させながら首を傾げた。
「断る意味の『いいよ』もあるんだよ」
[そうなのですか……難しいですね。もっと学ばないと]
そんな話をしていたらスマホのアラームが鳴る。3分経ったな。俺もカップ麺の蓋を開けて麺を啜った。
「これ食べたらまた仕事に行くからさ」
[また3時間ほどで帰って来るのですか?]
「次帰って来るのは夜だよ。昨日マキネと出会ったくらいの時間かな」
[そうですか]
2人で黙々と昼食を取り、時折短い応答を繰り返す。主にマキネが「やっておくことはあるか」というようなことを聞いてきた。それを断って、マキネに何もしなくて良いと伝えた。その度にマキネの光が青く光る。
もしかして、青だと悲しいって意味なのかも。家から出さずに何もさせないのも可哀想だな……。
「じゃあさ、マキネは俺が帰って来るまで勉強していてよ。文章は分かる?」
[ひらがなというのは朝覚えました]
彼女がTVへと顔を向けた。教育番組か。マキネの吸収力ならすぐに読み書きはマスターできそうだな。
クローゼットからノートパソコンを引っ張り出して起動する。ブラウザを開いて、マキネに検索の仕方を教える。ローマ字の概念を教えるのが大変だったから、ローマ字のサイトを開き、別ウィンドウにもう一度ブラウザを立ち上げた。
マキネはローマ字を見ながらぎこちなく検索を始める。動きはぎこちないけど、ちゃんとローマ字で検索できている。
「すごいな! あっという間に使い方覚えてる」
[そうですか? 良かったです]
マキネの顔が黄色とピンクに明滅し、その触手の髪がピコピコ動いた。嬉しいのかな?
「それじゃあ、俺はそろそろ行くよ」
時間は12時40分。急いで食べたから帰りは全力疾走しなくて良さそうだな。
[ユータ]
ドアノブに手をかけた所でマキネに声をかけられた。
「ん?」
[早く帰って来て欲しいです]
彼女の顔がピンク色に光る。でも、いつものピンクより少し濃い色合いな気がした。
少しだけど、昨日のマキネと何か違う感じがした。言葉に込められる感情が深くなったというか……より人間らしくなった感じ。
教育番組を見たからだろうか? だとしたらすごい順応速度だ。
「……頑張るよ。あと、今日仕事終わったら明日と明後日は休みだからさ。ずっとマキネと一緒にいるから」
そう伝えると、マキネの触手がまたピコピコ動いた。
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