第22話 聞いてもいいですか?
あれから美月を家まで送り、一緒に姉さんへと連絡して彼女の気持ちを伝えた。
姉さんに残りたいと伝える美月は、泣いていた。
本当ならこの場所でみんな一緒に暮らしたかっただろうな。打ち明けられた姉さんも辛かったに違いない。だけど、美月のことを踏まえて来月もう一度話をすることになった。今度は顔を合わせて。
きっと全ては解決できないと思うけど、美月の気持ちが置いてけぼりのまま話が進んでいくのは止められたかもしれない。
「じゃあ、俺は帰るから」
「ユウ兄……ありがとね」
「来月は俺も来るから、その時はみんなでちゃんと話そう」
「うん」
美月があの笑顔で俺のことを見つめる。そんな彼女に手を振って別れた。
帰り道はもう暗くなっていて、住宅地からは夕飯の匂いが漂い出している。
その中を歩いていると不安定な気分になる。美月のことを良かったと思う気持ちと、俺自身のことが混ざる。気持ちが沈んでいく。
マキネが言ってくれなかったら、何も気付けなかったかもしれない。美月の中にある寂しさも、俺があの子に何を求められていたのかも。少し考えれば分かることだったのに。あの子が俺に父親的なことを求めているなんて。
俺はまた……気付けなかった。分からなかった。
◇◇◇
家に帰るとマキネが駆け寄って来た。その触手が猛烈な勢いで左右に振れる。光も紫になったり黄色になったり激しく点滅していた。
[おかえりなさい!]
マキネが何かを待つようにウロウロ歩き回る。帰りにメッセージを送っておいたけど、明らかに俺の口から聞きたいという素振りだなぁ。
「来週姉さんも交えて話すことになったよ」
マキネの色にパッとグラデーションがかかる。色が移り変わっていく。白の混じったオレンジ色から濃い柿のような色へと。滑らかな色調の変化が凄く綺麗に見えた。
「それ……」
[どうしました?]
「すごい。初めて見た色だ」
[そ、そうですか……? その、対面する人以外のことを想ったのは初めてなので]
指摘した途端に濃いピンク一色になってしまった。もっと見ていたかったのに。
[それにしても、美月さん良かったですね。お母さんに本音が言えて]
「うん。まだ何も解決にはなっていないけど、美月と姉さんが納得できるようにフォローするよ」
マキネの触手がパタパタ動く。本当に、今回はマキネに助けられたよな……。
[また暗い顔していますよ?]
「あ、いや、ごめん……」
[どうしました?]
「俺、何も分からなかったなと思って。あの子に何を求められていたのかも、本当は残りたかったことも。昔にもこんなことがあってさ……俺には、他人の考えていることは難しいよ」
[心配しないで]
マキネがその光を淡いオレンジにしながら俺の手をとる。
[私も、何も分からないですから。ユータの考えることも全部。だから、知りたいと思って調べたり、時には聞いたりするのです]
その声が優しく聞こえる。顔が無いはずなのに、彼女が微笑んでくれているように感じた。
[この前は、ちょっと強引に聞いてしまいましたが]
今度はピンクがチカチカ光る。恥ずかしそうな笑顔のように。
……そうか。彼女も同じなんだ。
他人のことが分からない。だからマキネは知りたいと思って必死になって調べる。俺は、自分が傷付くのが怖くて無意識のうちに「分かるはずが無い」と線を引いていたのかも。
それに、マキネと俺はフェアじゃなかった。彼女が色で心の内を表してくれることに甘えていた。
「ありがとう。俺、今度からは思ったことを口にするように努力するよ。マキネにも分かるように」
[え? いいのですか?]
「うん。俺がそうしたいから。約束しよう」
[……嬉しいです]
彼女が俯き、ピンクの光が濃くなっていく。
それに、もう一つ。
俺のこともマキネに伝えておかないといけないと思う。俺がマキネと出会うまでどうだったのかを。マキネは自分の素性を正直に話してくれたんだから。
[あ、あの。気になることがあって……聞いてもいいですか? 美月さんが言っていた綾さんという人のこと……]
「うん。俺も話さないといけないと思ってた」
話そうとした途端、手が震えた。動悸がする。吐き気に襲われる……俺にとっては辛い記憶。
「もしかしたら、恥ずかしい姿を見せてしまうかも。先に謝っておくよ」
マキネがゆっくりと頷いてくれる。
あぁ……思い出すのが怖い。話すのが怖い。
でも、話したい。聞いて貰いたい。この人に。
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