第23話 私の気持ち、分かりませんか?
俺と綾が出会ったのは大学三年の時だ。同じゼミで、ディベートをしたのがキッカケだった。最初は、彼女に一切敵わなくて、すごく悔しかった。だから次は入念にテーマを調べ上げて、それでやっと彼女の討論について行くことができた……結局勝てなかったけど。でもまぁ、それがキッカケで興味を持って貰えたのかも。
そこからなんとなく話す仲になって、一緒に出かけるようになって……気が付けば好きになっていた。
色々なことがあった。嬉しいことも沢山あった。けど、今はもう思い出したくない。
大学を出た後は、お互い近くで就職して、休みの日にはお互いの家を行き来したり、旅行に行ったり。仲は良かったと思うよ。喧嘩もしたけど、すぐまた元通りの関係に戻った。
だけどある時、綾が転職したんだ。今までとは全く別の職種で「やりたいことができた」って。それから、今まで噛み合ってた時間が合わなくなって、会おうと思っても会えなくなった。メッセージでやり取りして、ひと月に一度会えれば良い方だった。
綾は楽しそうだった。いつも楽しそうに仕事の話をしていた。俺は色々聞いたし、心配もした。全然知らない業界だったから……。
そんな時、綾に聞かれたんだ。「私のこと応援してくれないの?」って。俺はもちろん応援すると言った。でも本当は、そんなこと思ってなかった。やめてくれなんて言ったら、綾が離れてしまいそうで。
俺は夢なんてなかったし……あるとすれば、それは綾と結婚して、家庭を作ることだった。
そこからはまたいつもの日々に戻った。だけどその日以降、綾の態度は冷たくなった。俺は綾と会っても、ずっと彼女の機嫌を損なわないよう、気を配るようになっていた。
俺は、自分が悪いんだと悩んだ。悩んで悩んで、綾に昔喧嘩した時のことを謝って、「応援してる」なんて心にも無いこと言って……。
それである日、思った。これは会えないせいじゃないかって。一緒に住めば、触れ合う時間が増えれば、昔みたいに戻れるかも……そう、考えたんだ。
なんとか綾と直接会う機会を作って、言った。一緒に住もうって。
綾は満面の笑みで了承してくれた。
嬉しかった。その笑顔が、出会った時と同じように見えて。また戻れるんだって。昔みたいに。
……。
だけど、その日から綾とは連絡が着かなくなった。
事件に巻き込まれたかもしれないと思って色々聞き回ったよ。まぁ……結果的に綾は無事だった。
けど、事情を知っているであろう人達は、同じゼミだった友達は、みんな俺から綾を庇うように、連絡が取れない理由を話してくれなかった。
何も。
何も、教えてくれなかった。
そこにあったのは軽蔑されたような態度。俺が綾を傷付けてしまったのだという言葉。反省しろという忠告。
俺は……ただ、理由を知りたかっただけなのに。
悪いことをしたのなら、悪いと言って欲しかった。
嫌な所があったのなら、嫌と教えて欲しかった。
だけど、俺はそれすら分からない。知る機会を貰えなかった。自分の中をどれだけ思い返しても、見つけられない。
あの日の喧嘩がダメだったのかも。
あの日の言葉がいけなかったのかも。
可能性と後悔だけが無限に湧いて、もう二度とあの日を取り戻せないと実感した。楽しかった記憶を思い出すだけで涙が止まらなかった。
そして、しばらく経ったある日。綾がSNSを更新した。そこには知らない男と笑顔で写ってる綾がいた。口元は隠していたけど、分かった。昔俺に見せてくれていた笑顔だって。
そこに記されていた二人が出会った記念日。それは……俺がまだ綾と付き合っていたハズの日付だった。
俺が悪かったのかな。
嫌われるようなことをしてしまったのかな。
分からない。
分からない。
分からない。
だから、家族以外の人間とは親しくならないようにしていた。
だから、異性の人間とは距離を置いて来た。
他人との接点を極力無くして、家と会社を往復するだけの、無気力な日々を送った。
他人は何を考えているのか、分からないから。
分からないことが……怖いから。
◇◇◇
呼吸が乱れてるのが分かる。今にも吐きそうな気がする。頬に濡れた感触が伝わる。マキネにこんな顔を見られたく無くて、両手で顔を覆った。
「ごめん。ごめん……多分、初めてマキネに会った時、君を家に呼んだのは、マキネが人じゃなかったからだ。色で内面を表してくれることに気付いたからだ。俺は、マキネの内面を盗み見して安心したから……」
手が震える。
「マキネに喧嘩がどうとか言ったけど、俺はそんなこと言える人間じゃないんだ。美月に頼られるような人間じゃないんだ」
頭の中でフラッシュバックする。友達の言葉、綾の冷たい目。ダメだ。ダメだ……三年も経つのにまだ俺は……。
怖い。
怖い。
[ユータ。私を見て]
静かな部屋の中に、マキネの声が響き渡る。その声を聞いた途端、頭の中に渦巻く嫌な声が止んだ。
顔を上げると、マキネが俺のことを見つめていた。
彼女の顔が、色が、ゆっくりと変化していく。青から紫へそして、マゼンタへ。少しずつその割合を変化させる。
[ユータが、貴方が言うような人であったとしても……私の心を覗いて安心しているのだとしても、私は構いません。それでも一緒にいたいです]
その赤と白が混ざり合った光は、今までより強く、強く表れて、俺の不安を消し去ろうとしてくれてるみたいだった。
[私は、嘘を吐いていますか? 私の気持ち、分かりませんか?]
「分かる。嘘じゃ無いこと……分かるよ」
言葉と一緒に、俺の感情と一緒に、涙が零れ落ちる。彼女を抱きしめる勇気が無くて、その手を取った。
「ユータは私をいつも助けてくれます。ユータが辛い時は、私が助けますから」
彼女はその手を優しく握り返して、今度は包み込むような柔らかな色を、光を向けてくれた。それが眩して、暖かくて……。
俺は、今初めて、ハッキリと……。
マキネを愛しいのだと自覚した。
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