第19話 え?

 日曜日の朝。


 一階に降りて行くと、おばあちゃんがダンボールを見ながらうんうん唸っていた。


「おばあちゃん。どうしたの?」


「美月ちゃん。あのね。メロンが届いたんだけどタイミング悪かったなと思って。昨日だったら裕太に持たせたのに」


「メロン?」


「知り合いのメロン農家さんがね、送ってくれたのよ。今年は取れすぎたからって」


 ダンボールの中を覗いてみると、大きなメロンが三個も入っていた。


「すごい。こんなに大きいのよく貰えたね」


「数年前もあったのよ。美月ちゃんのお母さんに渡したの覚えてない?」


 そういえば小学校の頃、朝昼晩メロンが出たことがあった。お母さんは貰ったとだけ言ってたけどこれだったのか。


「困ったわねぇ。三個もウチだけで食べ切れないし、近所にお裾分けするのも一個だけだとねぇ。他の人に悪いし……」


「おじいちゃんは?」


「今日は仕事よ」


「なら私がユウ兄の家に持って行くよ。電車で一時間くらいでしょ?」


「でもねぇ。女の子一人で行かせるのは心配だわ」


「私もう中二だよ? スマホも持ってるし、何かあったら連絡するから」


「そう? それじゃあ裕太には私から連絡しておくわね。駅まで迎えに行かせようか?」


「大丈夫。歩いてみたいし」


 おばあちゃんには、メロンを持って行くのが私だってことは秘密にして貰うようお願いした。



 私が行ったらビックリするかな?



◇◇◇


 乗り換え案内アプリを見ながら電車に乗る。最寄り駅に着くと、今度は地図アプリを起動して住所を入力する。目的地に打たれたピンは駅からそれほど離れていなかった。


 休みでガラガラのオフィス街がなんだか新鮮。こんなにビルがいっぱいあるのに。まるで映画のセットみたい。


 歩いていると紙袋の持ち手が食い込む。電車に乗ってる時は座っていたから感じなかったけど、持って歩くとやっぱり重い。もうちょっとでユウ兄の家だから頑張らないと。



 オフィス街を抜けて住宅街に入ると、一軒の家から子供を連れた父親が出て来た。手にはバケツとプラスチックのスコップ。公園にでも行くのかな。


 ……。 


 そういえば、ユウ兄と二人で会うのっていつぶりだろう? 確か私が小学生の頃はあったよね。二人で遊びに行ったこと。


 ユウ兄が言ってたこと思い出すなぁ。塾のお迎えにお母さんが来れなくて、ユウ兄が来たこと。あの時はユウ兄に当たっちゃって申し訳無かったな。


 でも、ユウ兄は怒らなかった。昨日だって。「何かあったら言ってもいい」って言ってくれた。


 それがすごく嬉しかった。私のことを想ってくれることが。


 おじいちゃんもおばあちゃんもユウ兄も、いつも私を気にかけてくれる。


 大阪へ行ったら……。


 ……。


 ユウ兄に会ったら話してみようかな。昨日言えなかったことを。


 誰にも言えなかったけど、ユウ兄ならいつも通り聞いてくれる気がする。


 考えながら歩いていると、足元にボールがぶつかった。いつの間にか子供で賑わう公園まで来ていたみたいだ。


 小学生くらいの男の子にボールを投げ返す。それを受け取った男の子はまた公園の中へと走って行った。ぼんやりと公園の様子を眺めていると、スマホが鳴った。ディスプレイにはおばあちゃんのアイコンが表示されていた。


『美月ちゃん? ごめんね。裕太に電話してるんだけど繋がらないのよ。もし、出かけてたらドアノブにでもかけておいてくれる?』


「こっちからも連絡してみるね」


 アプリを開いてメッセージを送ってみるけど既読がつかない。音声通話も繋がらない。どうしたんだろ?



 ユウ兄、いないのかな。



 浮かれていた気持ちが沈んでいく。



 残念だなぁ……。



 残念?



 私、なんで残念だと思ってるんだろう?



◇◇◇


 地図アプリの目的地は3階建のアパートだった。窓を見てみるけど、どの部屋も暗い。やっぱりユウ兄いないのかな。


 階段を登って2階に進む。204号室……ここだ。おばあちゃんに何度も確認したから間違い無い。


 ドアノブに紙袋をかけようとした時、部屋の中から物音がしたような気がした。


 え、外から見た時は暗かったのに……。




 無意識のうちにドアノブを掴んでしまう。



 そんなことあり得ないと思いながらゆっくりドアノブを回す。



 開くわけない。開かなかったら真っ直ぐ帰ろう。


 回し切ったドアノブからカチャリという音が鳴る。そのまま、ゆっくり手前へと引いて行く。


 開くわけ……。


 私の予想に反して、ドアは何の抵抗も無く開いてしまう。


「ウソ……開いちゃった」


 ユウ兄、鍵かけ忘れたんだよね? 誰かいるハズないよね?


 泥棒だったらどうしようという思いと、好奇心がぐちゃぐちゃに混ざって、ドアの中へと入ってしまう。


 ドアの中は電気が消えていて暗かった。目の前には台所とお風呂場に挟まれるように短い廊下。その先にまたドア。その向こうは暗いはずなのに、なぜかチカチカと青い光が漏れてる。


 恐い。でも、体は言うことを聞かない。


 靴を脱いでゆっくり部屋の奥へと進んでしまう。奥のドアへと吸い込まれるように。


 そして、またゆっくり開ける。中を覗くと、カーテンの隙間から入った光で部屋の中がうっすらと見えた。


 そこには人影が立っていた。


 曲線の多い女性の影。それが私に背を向けるように立っていた。



 女の人? ユウ兄の彼女?

 


 でもおかしい。なんで……?



 なんで、あ、頭が透明なの?



[え?]



 影が私の方へと振り返る。



「ひ……っ!」



 驚いて声が漏れてしまう。



 振り返った女の人には、が、無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る