第14話 うめぼしおにぎり、たべたいです。

 昼休憩まであと10分。午前中の仕事もひと段落着いて一息着くと、チャットアプリに通知マークが1件入っていた。


 周囲を確認してコッソリスマホを覗く。マキネからだ。


『うめぼしおにぎり、たべたいです。』


 全部ひらがなで作った文章に思わず笑みが溢れてしまった。漢字は読めていたけど、入力の方はまだできないのかな?


 梅干しおにぎりか。でもそれだけだと足りないよな。アプリに返事を入力していく。


『他にも買っていこうか? お肉も食べる?』


 返事を入れるとものの数秒でスマホが振動した。


『ほかはおまかせします。なんでもたべられます。』


 ひらがなにキッチリ句読点が打たれてあることに再び笑ってしまう。


『分かった。買ったらすぐ帰るよ』


「スマホ見てニヤニヤしやがって。やっぱり俺の勘は当たってたな」


 送信ボタンを押した直後に話しかけられて心臓が止まりそうになった。


「せ、先輩!? 帰ってるならそう言って下さいよ!」


「いやぁ? お前があんまりニヤついてるからよぉ。つい様子を見ちまった」


 町田先輩かニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。


「性格悪いですね」


「金曜日。変わってやったろ?」


「う……っ。それは、ありがとうございます……」


「女っ気の無い檜木君がそこまで舞い上がってるからさ、俺としては応援してあげたい訳よ。あやちゃんと別れてからさぁ……」


「……アイツのことは言わないで下さい」


「すまんすまん。でもな、そんな檜木君に朗報だぞ」


「なんですか?」


「俺が社内に言いふらしておいた。お前に彼女ができたって」


「ちょっ!? 何してくれてんですか! それで高島さんも知ってたのか……」


「いいじゃねぇか。部長達にそれとなく残業させないよう言っておいたんだって。『檜木が一生独身だったら責任とれるんですか?』ってさ。感謝しろよ」


 今まで一番残業させて来たのは先輩なんだけど……。でも、部長達に行ってくれたのはありがたいな。


「ありがとうございます。ちなみに今日も定時で上がりますから」


「おぅ上がれ上がれ。また今度彼女の写真見せてくれよな」


 そう言うと先輩は席に着く。ちょうど昼に入ったようでカバンの中から弁当を取り出していた。なんだかんだで愛妻弁当持って来てるじゃないか。


 しかし、フタを開けると、中は白米だけで、その上に海苔で文字が書かれていた。


『キエウセロ』


「な、なんじゃあこりゃあ……俺のオカズはぁ?」



 先輩は肩を落とした。



 ……この前のツーリングの事、まだ揉めていたのか。



◇◇◇


「それで先輩の弁当にカタカナで『消え失せろ』って書いてあってさぁ」


 昼に家に帰ると、早速マキネに先輩の話をしてしまった。


[それってどういう意味なのですか?]


「消えていなくなれってことだよ」


 意味を教えた途端、マキネは青い光を強く放った。


[そんな悲しいこと、なぜ言うのですか?]


 触手もハリを失ってクタクタしている。そんなに悲しくなってしまうんだ。ちょっと驚いた。


「本気では言ってないんだと思うよ。きっと、多分、恐らく……」


 あ、ダメだ。今までの先輩の発言を思い出すと断言できない。


「まぁ、アレだよ。喧嘩した勢いでやっちゃったんじゃない?」


[ユータも、もし私と喧嘩したら言いますか? 悲しい言葉]


 マキネがシュンとする。


[私は、ユータと喧嘩したくないです]


「マキネ。確かに相手を傷付ける言葉は良くないよ。でも、喧嘩することまで恐れなくてもいいって」


[なぜですか?]


「時と場合によるけど、喧嘩を恐れて相手の顔色ばかり伺っていたらきっとマキネは苦しいと思うよ。喧嘩をすることは、自分の考えをぶつけ合うことでもあるからね」


 どの口が言うんだよ。俺だって意見を言えないことばっかりじゃないか。顔色を伺ってばかりじゃないか。相手を傷付けてばかりだったじゃないか。そのせいで溝ができて二度と関係を戻せないことも多々あったじゃないか。綾の時だって……。


 でも、マキネに対して向ける言葉は優しくありたかった。これから人間関係を築いていくかもしれない彼女を怖がらせるようなことは言いたくなかった。


「だから、マキネも俺が言ったことで思う事があったらちゃんと言ってね。怒ってしまうこともあるかもしれないけど、それはマキネのことを嫌いになった訳じゃないから」


 マキネは混乱するように青、緑、黄色を行ったり来たりしていた。でも、次第に黄色が多くなる。


「なんとなくですが、分かりました」


 触手もいつもみたいにユラユラする動きを取り戻した。


「でも、極力言葉は選びます。だって、ユータに悲しい思いをさせたくありませんから」


 朝焼けのようなオレンジ色が目に入る。彼女の光は本当に優しくて……。



 本当に。



 その光を目にするだけで救われた気がした。

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