第15話 何を考えていたのか言って下さい。
午後からの仕事を終えて、家にマキネを迎えに行った。
自転車を引きながらマキネと近くのスーパーに向かう。
マキネは、バケットハットにアイボリーのフリルスリーブシャツ? に黒いキャミワンピ? というのを着ていた。
前に服を買った時、店員さんが色々説明してくれたけど全然分からない……でも良かったな丁寧な店員さんで。マキネにすごく似合ってる。もし俺が適当に選んだりしたら悲惨な結果になってただろうな。
そよ風が吹くと、フリルの袖とワンピースがユラユラ揺れる。並んで歩くと彼女が小柄なのが分かるな。俺の肩ほどにある顔が、チラチラとコチラを見て来る。
[一緒に買い物に行けるって嬉しいですね]
マキネが俺のことを見上げる。今はどんな色をしているんだろう? 帽子とマスクで見えないけど声は楽しそうだし、黄色かオレンジあたりかな。
俺は逆に、ちょっとソワソワしてしまう。朝の高島さんとの会話を思い出したから。あの時、思わず5歳下と言ってしまったけど、こうして改めて見るとそうだよな。坂下さんが25歳だった訳だから、マキネもそのくらいの女の子に見える。
お、俺なんかが並んで歩いていて大丈夫かな……。今まで意識してなかったけど、ちょっとだけ、申し訳無く思ってしまう。
[どうしたんですか?]
「あ、いやなんでもない」
[もしかして、ネガティブなことを考えていました?]
「何で?」
[暗い顔をしていましたから]
「まぁ……そうだね。ちょっと暗くなってたかも」
[何を考えていたのですか?]
「え」
想像もしなかった質問に混乱してしまう。「何を考えているか」と日常で言われることってそう無いよな。
[何を考えていたのか言って下さい]
再び問いかけられる。それにしてもマキネの圧がすごい。帽子で色も分からないし、どういう考えで聞いているのか全然分からない。
「ええと、マキネと一緒に俺が歩いてて大丈夫かなと思って……ました。オッサンだから、俺」
マキネの顔が震える。帽子の隙間から赤い光がビカッと漏れる。な、なんだ? めちゃくちゃ怒ってるぞ……?
[ユータはオッサンではありません! 自分のことをオッサンと思う人がオッサンなのです! 近所の看板にも書いてあります! 『若さは気から』と!]
「何言ってるかよく分からないんだけど……」
[とにかく!]
マキネが自転車を引く俺の手をギュッと握った。
[ユータは、自信を持って下さい]
「え、あ、ありがとう」
マキネは、握った手を見ると今度はピンクの光を帽子の隙間から強く発光させ、その手を離した。
「ご、ごめんなさい。つい……」
2本の触手が、螺旋を描くようにクルクル回る。彼女は人に見られるのを警戒して、その触手を両手で押さえた。それが頬に手を当てて恥ずかしがっているみたいで、可愛らしさが増した気がする。
今までマキネが嘘をついたことが無いから……マキネはいつも正直に言ってくれるから、きっと俺のことを考えて言ってくれたんだろうな。
「ありがとう。嬉しかったよ」
[いえ、私は、そう思っただけですから]
少しぎこちない動きで彼女は顔を逸らした。
俺はそんな彼女を見ると、胸の中が暖かくなって多幸感に包まれるような感覚がした。随分長く忘れていた感覚。
これってもしかして……でも……。
◇◇◇
スーパーで野菜やら肉類やらを一緒に買って、調味料類も合わせて買った。マキネが必要な調味料をメモした紙と棚の商品をみてはうんうん唸る。持っている紙を見ると、全てひらがなで書かれていた。彼女が見る調味料の名前をそれぞれ教えてあげると、一番安い物をカゴに入れていた。
[ユータの家は調味料が全然無いですね]
「料理なんて全然しなかったからさ、味変するものぐらいしかなかったよ」
[お酢に砂糖にみりんに料理酒、ネットだと基本のカテゴリーに入っていた物はほぼ無かったです]
「はは……料理酒か。チューハイとビールだったら冷蔵庫に常備してるけど」
[お酒はほどほどにして下さいね。飲み過ぎは良くないと書いてありました]
「分かったよ。極力、多分……きっと」
[それはユータが自信が無い時の口癖です]
「え"」
よく聞いてるなぁ。
マキネがカートを引いてレジへと向かう。しかし、なぜか調味料棚の裏にあったジャムのコーナーで立ち止まった。
[あ、イチゴジャム]
「ジャム好き? 少なくなってたから買い足そうか?」
[先ほど果物のイチゴを見ましたが、このジャムよりも高かったです。なぜ加工品であるはずのジャムの方が安いのでしょう? 一手間かけているはずなのに]
「また変わった質問するね……」
[気になって]
売られているジャムの方が材料のイチゴより安い理由か……新人の頃、訪問先のお客さんに教えて貰ったよな。
「確か、イチゴの代わりに色々置き換えの材料を入れていたと思うよ。イチゴが少ない分コストを抑えているんだって。まぁ、企業努力とかもあるから一概にそれだけだとは言えないけど。そういうの、気になる?」
[いえ、美味しいので好きです。でも、似てますね]
「何が?」
[私も置き換えしてますから]
マキネが自分の体を見る。坂下さんの体を貰ったことを言ってるのかな。
「マキネはマキネだよ。上手くいえなけど、俺はそう思う」
[ふふふ。優しいですね]
彼女が笑う。
人が死んでるのに、俺はマキネのことを気遣ってる。この生活が終わることを嫌だと思う自分がいる。
マキネだけじゃない。俺も変わっているのかもな。
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