人を撃つ覚悟



 昇は陸也に絡みつき、レイナはなんとか陸也に触れようとしている。

 もはや、やらなければやられる……そう、わかってしまったからだ。それは、陸也に綺麗事だと言われたからだろうか。それとも、すぐそこに先ほど地雷で焼け死んだ死体が、転がっているからであろうか。


 自衛官であった陸也にとって、足首を刺されたとはいえ足元に絡みつく素人一人振り払うのは、わけない。はずだった。

 しかし、目の前には、おそらく触れるだけで相手を殺すこととできる【ギフト】持ちがいる。


 素人が武器を持っても、恐ろしくはあるが冷静に対処すればなんてことはない。だが、触れるだけで相手を殺す……これは、どんな武器よりも危険で、そこに素人もなにも関係ない。


「ちぃっ……」


 しかし、陸也にはいざとなれば【ギフト】がある。それは、空間ごと移動できるというもの。

 これならば、いくら絡みつかれていても、抜け出せるであろう。


 もっとも、使用後三秒は【ギフト】を使えなくなるので、使いどころは考えなければならないが。


「今が、その使いどころってな」


「! なっ……?」


 瞬間、昇の腕の中から、感触が消える。陸也の足にしがみついていたはずが、その感覚ごと消えたのだ。

 なにが、起こった……目の前にいた人物が、目の前から消えたのだ。


 混乱したのは、昇だけではない。レイナもだ。

 人が消える……こんな現象、見たことがない。


 直後、レイナの腹部に鋭い痛みが走る。


「うがっ……かはっ!」


「ったく……いってえなぁ」


 レイナのわき腹に蹴りを入れた陸也は、足首に刺さったナイフを引き抜く。多少血は吹き出るが、それよりも気にすべきことがある。

 軽く舌打ちをして、うずくまるレイナの腹部を蹴り上げた。


「ぐは!」


「ガキが、俺を殺すつもりだったな。なら、自分が殺されても、今度こそ文句は言えねえな」


 殺す前に、いたぶる趣味はない……なにより、先ほどのようにまた絡みつかれても、面倒だ。

 もう動けないレイナ、それを殺すために陸也は、ナイフを取り出して……


「う、動くな……!」


「あぁ?」


 構える銃口が、自分に向けられるのを見た。

 それは、倒れている昇が向けているものだ。普通の相手ならば、拳銃を向けるそれだけで震え動揺を誘えただろう。


 だが、陸也は違う。倒れたまま拳銃を構えても、当たるはずもない。ましてや相手は素人だ。

 それに……


「ははは、良い目だが……お前に、撃てるのか?」


「……っ」


 もっと根本的な問題……昇に、人を撃つことができるのか。

 それを、陸也は見抜いていた。


「いいぜ、撃ってみろ。ほら」


「ぐ……ほ、本当に撃つぞ!」


「だから撃てって言ってんだ」


 それが冗談でないことは、昇にもわかった……わかった上で、撃てと発破をかけている。

 銃弾を避ける自信がある、さっき見せた空間移動の【ギフト】で……


 いや、単純な話だ。

 昇に人が撃てないと、確信している。


「おっと、動くなよ」


「!? ぎゃぁあああああああ!!」


 その瞬間、レイナの叫び声が響いた。陸也が、レイナの両手にナイフを突き刺し地面に固定したためだ。

 触れれば力を発揮する【ギフト】ならば、触れられないようにしてしまえばいい。


 レイナの悲鳴をBGMに、陸也は昇に問い掛けた。


「お前のような奴は、人を撃てない。良心とかなんとか言い訳を立てて、な。

 もし撃てたとして……精神が持たないわなぁ。お前は、なんとかしてこの島を出て帰りたいみたいだが……帰ったところで、人を殺した罪悪感には耐えられない」


「……っ」


 それは、きっと図星だった。

 この島で起こったことは、罪にはならない。だが、罪にはならなくても罪悪感とは別だ。


 きっと、元の生活に戻ったところで……いや、人を撃てば、その時点で元の生活には戻れないだろう。


「人を殺す度胸もないなら、その命俺にくれよ。俺がこのデスゲームを生き抜いて、手にした金を有効活用してやっからよ」


「っ……さい、てい……!」


「口だけは達者だな」


 自分を睨みつけてくるレイナを、陸也は蹴りつける。その姿に、昇の中でなにかが熱くなる。

 レイナは、自分が危なくなるにも関わらず、大柄な男に向かっていった。男が怖いはずなのに。


 その姿に、なにも思わなかったわけではない。そして、そのレイナが殺されそうなのに、じっとしているなど……


「うわぁあああああ!」


 できるはずも、ない。



 ダンッ……!



 一発の銃声が、響いた。狙いは陸也……のはずだったが。

 当の陸也は、掠り傷一つなく。涼しい顔で立っている。


「なっ、そんな……」


「ぷっ、ははは! んな素人が、簡単に狙いをつけられるはずないだろ!」


「この、この!」


 再び、引き鉄を引く。しかし、聞こえてくるのは先ほどのような銃声ではなく……

 カチャ、カチャという、虚しい音だけだった。


 それは、つまり……


「弾がなくなったか」


「!」


 先ほど、化け物に何発か打ち込んだ。効き目のなかったそれは、しかし弾数だけは確実に消費していた。

 結果として、弾数が激減し……元々何発あったのかもわからないが、むしろ一発だけ残っていたことだけは『幸運』だったのだろうか。


 いずれにしろ、これで手持ちの武器は、なくなって……


「もう気は済んだろ」


「!」


 冷たい、冷たい声が……心の奥底を凍らせるような、冷たい声が届いた。

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