兼原 陸也2
「誰かぁ、助けてください!」
女の、叫び声が聞こえた。その方向に目を向けると、木々の生い茂った場所から何者かが姿を現した。
地を這うようにして、走ってきた女は……まるで、なにかから逃げているようだ。
いや、まるで、ではなく……
「どうした!?」
「は、はぁ! 助けて!」
内心、獲物が来たことに舌なめずりをする陸也は、女性の下へと駆け寄る。
まずは女性の警戒心を解くことを選択したのか、心配そうな表情を浮かべ、女性の前に立つ。
もちろん、女性に対して陸也は、警戒しかしてはいないが。なんせ、このデスゲームで初めて会った人間だ。
女性は、陸也を見て表情がこわばるが、すぐに後ろを気にして、陸也へと助けを求める。
「た、助けてください! お願いします!」
露出の多い服装の、若い女性だ。とてもデスゲームに参加しているようには見えないが……陸也と同じ状況なら、彼女も訳の分からないうちに目覚めたのだろう。この島で。
さらに同じように、女性も陸也に対して警戒していた……が、それよりも自分が逃げていたなにかのほうが、驚異的だと判断したのだろう。
「落ち着いて、なにから逃げていたんです?」
先ほどから助けてくれとしか言わない女性に、陸也は苛立ちを募らせながらも安心させようと語りかける。
ただでさえ男女の体格差もあるが、陸也はさらに大柄だ。陸也の位置からは、女性の豊かな胸を見下ろす形になるが……そんなもので、自分を見失う陸也ではない。
このデスゲーム、計三十一人の参加者がいる。となれば、女性を追いかけていたのは、生還のために女性を殺そうとしている他参加者。
もしくは……
「あ、あれから……あの、恐ろしい……」
「グォオオオオオ!」
要領の得ない女性の説明……後ろを指差す彼女の指は震えている。しかし、その先が紡がれるよりも、それが姿を現す方が早かった。
それは、人間のものではあり得ない唸り声を上げ、木々をへし折り、姿を現した。
獰猛な、獣……!
「イノシシ……にしてはでかすぎないか?」
ぱっと見、それはイノシシのように見えた。しかし、陸也の知っているイノシシとは随分大きさが違う。
自衛隊にいた頃、何度か森でイノシシに遭遇したことがある。だが、それよりも一回り……いや二周りは大きい。
それに、イノシシの手足が以上に太い。それに筋肉質だ。体はイノシシだが、まるで手足だけ他の生物から移植したかのような、歪さがあった。
「き、急に……おそ、襲われて……!」
女性は、目に涙を溜めて話す。それは、並の男であればそれだけでくらっときてしまうほどの魅力があった。
だが、生死がかかったこの状況で、ましてや陸也は、そんなものに惑わされはしない。まずは、状況の整理が先だ。
まあ、猪突猛進しているイノシシ相手にそれほど悠長な時間は残されていないが。
女性がいるということは、この島には陸也の他にも人間がいるということ。参加者三十一名のデスゲームというのも、あながち間違ってはいなさそうだ。
それに、人間だけではない。あのような危険な生き物まで、生息している。
「アレは縄張りをあんたに荒らされたと思ったのか、それとも人間に襲いかかる動物の本能か……」
「な、なに余裕ぶってるの!? 早くしないとあいつが……」
「慌てることはない」
あの巨体に衝突されれば、全身の骨が粉々になってしまうだろう。だが、相手は獣……それに、近くには崖がある。
あそこまで、誘導できたならば。
「あんた、なんか武器とか持ってないか?」
「も、持ってない……」
「そうか。なら手を出してくれ」
「? えぇ」
わけも分からずに差し出した手を、陸也は掴む。もしかして、このまま引っ張って逃げてくれるのだろうか……女性は、若干の希望を抱いた。
不安だらけのこの島だったが、信頼できる人も、確かにいて……
……次の瞬間、女性は突き飛ばされた。いや、ぶん投げられた、といった方が正しいだろう。
誰に? そんなもの、今しがた手を繋いでいた陸也にに、決まっている。
「……え?」
勢いよく衝撃が走ったかと思えば、気づけば投げ飛ばされていた。油断していた女性の体は、投げられた方向へと飛んでいく。
それを見て、イノシシは標的を、女性に定める。
「! いやぁああ!」
それに気づいた女性は、泣き叫び、恨めしそうに陸也を見たが……陸也は、無感情であった。ただ、その後の結末を見守るだけだ。
大口を開けたイノシシは、女性の体を口に運ぶ……つもりだったのだろう。しかし、イノシシは勢い余って、女性の体に激突した。
その瞬間、ボギンッ、と嫌な音が響く。さっきまで叫んでいた女性の声が聞こえなくなり、なおもイノシシの突進は止まらない。
止まらないから……ブレーキもかけられず、気づいたときには、崖の先へと進んでいた。
車は急には止まれない。獣も同じだ。目の前に、先ほどまで自分が追いかけていたなら、なおさらだ。
「ゴォ……?」
足場を失ったイノシシは、落ちていく。先ほど女性を投げた先は、崖……崖の前まで投げられた女性をイノシシが追えば、勢いを殺せずイノシシは崖の下へ落ちるという計算だ。
……つまり、イノシシを殺すために、女性を利用した。
「……賞金は、俺に入ってるのか」
スマホを見れば、元々一億円あった自分の賞金が、二億円になっていた。誰かを殺せば、その誰かの持っている賞金を、奪えるというのも本当だ。
だが、今回は陸也は直接手を加えず、イノシシを殺すための囮に使った。
それでも、女性の一億円は陸也に移動している。
デスゲームのメールに書いてあった。直接殺していなくても、ゲームの展開により賞金の動きは変動すると。つまり、間接的に殺しても、賞金は移動する。
陸也は、間接的に女性の死に関わったということだ。命を奪ったのはイノシシでも、そう仕組むようにしたのは陸也だ。
「なら、普通に動物に殺された奴の賞金は、どうなるんだ?」
女性のように獣に追いかけられている人間が、獣に直接殺されてしまった。誰の仕業でもない、ただ単純に獣に殺された場合。
その場合の賞金が、どうなるのか。書いていなかった。それとも、まだ見ていないところがあるというのか。
そもそも、あのような獰猛な獣がいる。一匹だけどは限らない。これは、人間同士だけのデスゲームではない。
これほどまでのスリルを、陸也はこれまでに味わったことがない。自分でも気づかないうちに、陸也は笑みを浮かべていた。
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