二人の出会い



 ……思えば昇とレイナの出会いは、奇妙なものだった。いや、そもそもこの島で、こんな状況で、奇妙でない出来事など果たしてあるのだろうか。


 水場を見つけ、喉を潤した昇は、現状の確認を行っていた。

 そんな時だ。草陰から、ガサガサと音がしたのは。



 昇はとっさに振り向き、腰を落とす。草が動き、そこに何者かがいる可能性を判断。

 こんな場所だ、野生動物でもおかしくはない。その場合、おとなしい動物が出てきてくれれば、問題はない。

 その可能性にかけるのは、危険だろう。こういう場所の野生動物は、獰猛な肉食動物、と相場が決まっているのだ。


 ただ、動物ならばまだ対処のしようもある。昇は、右手に触れる固いものを確認。

 草の向こうにいるのが、野生動物でない場合……


「!」


 それは、さらに音を立て……飛び出して、来た。

 昇は反射的に、右手に掴んだ拳銃を、飛び出した影に向ける。これは、先ほどあの男が落としたのを、回収したものだ。


 拳銃を両手で構えた、その先にいたのは……


「ひっ……」


「……」


 やはり、人間……それも、かわいらしい女の子だ。昇より年下だろうか。

 少女は、怯えた表情で固まっている。それもそうだろう、いきなり拳銃を向けられたのだ。


 見るからに、害のなさそうな少女だ。だが、昇は拳銃を下ろさない。

 つい先ほど、害のなさそうなサラリーマン風の男に、殺されそうになったばかりだ。相手が女の子で、怯えていても、油断はできない。


 見たところ、少女は武器は持っていない。荷物もだ。

 自分を抱きしめるようにして手を回しているため、よくは見えないが、服は乱れているように見えた。もしも普段であれば、隠れきれていない白い肌に目を奪われていただろう。

 正直今も、目を奪われかけてはいるが……


 ……少女の服についた血が、昇の意識を強制的に引き戻した。


「や、やめて……撃たないで、殺さないで」


 必死に命乞いをする少女は、とても演技には見えないが……やはり、油断は禁物だ。なにか妙な素振りを見せたら、撃つ……

 そうアピールするように、拳銃を見せつける。


 一見ひ弱そうな……なんだか見覚えのある……少女だが、あの血は気になる。しかも、少量でなくべったりと血がついている。

 少女自身に傷は見られないし、あれは返り血だろう。


 ……あれほどの血が付着するほど、目の前で誰かを……無惨に、殺したということだろうか。


「お前、なにが目的だ。怯えたふりして、俺を殺しに来たのか?」


 このまま睨み合いを続けているわけにもいかない。鋭い眼差しを向けながら、昇は問いかける。

 すると、少女はふるふると、首を激しく横に振る。


「そんな、私、殺しなんて……しない。ここへは、ただ、水の音が聞こえたからか……

 マップを確認するのも、忘れて……体を、洗いたくて……」


「その、返り血がついた体をか?」


「!」


 震える声で、少女はここに来た理由を話す。女の子が体を洗いに来たという、甘美なセリフに流されそうになるが、その目的が血に濡れた体を洗うためだとしたら……無視はできない。

 というか、矛盾している。殺しなんてしない、そう言う少女の体は血に濡れている。


 とても、殺しを否定する人間の所業とは思えない。


「ち、ちがっ……違うの! 私、そんな……殺す、つもりなんて……ただ、襲われそうになって……必死で……!」


 殺人犯の疑いを向けられたことが耐えられなかったのか、少女は顔を手のひらで覆い膝を落とす。それは、本気の涙か、それとも……

 その姿に、昇はまるで弱い者いじめをしている気分になってしまう。


 襲われそうになった、だから殺した……いや、殺してしまった。その話が本当ならば、少なくとも昇にはそれを責めることができない。

 昇自身、正当防衛とはいえ人を殺してしまったのだから。


「本当です、信じて!」


「……それが本当だって、証拠は……」


 全部、少女のでまかせの可能性もある。こんな島だ、デスゲームにかこつけて女の子を襲おうとする男がいてもおかしくない。ただでさえ、少女はモデルのような美しさだ。

 しかし、それがわかっているからこそ、襲われそうになったと嘘をつくことでその信ぴょう性を増させる。それも、可能だろう。


 そこまで考えたが……昇は、その先まで考えるのをやめた。

 ついさっき、自分も同じような目にあったばかりではないか。死にたくないと、必死に訴えて……それでも、殺されそうになった。


 ここで少女の言葉を無下にするということは、少なからず昇は、自分を殺そうとした男と同じになる、ということで……


「……」


 昇は、拳銃を下ろした。


「……はっ」


 拳銃の矛先が自分に向かなくなったとわかり、少女はほっと胸を撫で下ろしたようだ。

 その仕草は、本当に人の生き死にを楽しんでいるようには見えない。あんな大量の血がつくほどに、相手を残虐に殺せるとは思えない。


 ……しかし、あんな非力そうな少女でも、彼女の【ギフト】によっては、大の男をも殺すことができるかもしれない。

 注意はし続けなければならない。


「信じて、くれるんですか……?」


「……妙なことしたら、撃つからな」


 拳銃など撃ったことがない昇の脅し。しかし、その事実など知らない少女は、何度もうなずいた。

 自分でも、不思議だと思う。さっきまで見知らぬ人に殺されそうになっていたのに、今は見知らぬ人を信じてみようと思っている。


 まさか相手が女の子だから、ではないだろう。その姿が、あまりにも必死だったから……


「そういえばあんたのこと、どっかで見たことがあるんだけど」


 拳銃は下ろしても警戒は続けたまま、昇は少女に話しかける。

 先ほども感じた、少女に対して見覚えがある感覚。こんな美人、周りにいたら忘れないと思うが。


 そんな昇の問いかけに、少女は……


「あの……一応、テレビとかは、出て……ます」


 おずおずと、答えた。

 テレビに出ている……有名人?


 そこまで聞いては、昇は手を叩いた。


「もしかして、如月 レイナ!?」


 その反応に、またも少女はこくこくと何度もうなずいた。

 これが、昇と少女……如月 レイナの、出会いである。そして、後に起こるあの悲劇の中心となる二人でもある。

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