動物と賞金と



「今、なにしたんだ?」


 トラックほどもある巨大な獣……それが、たった今目の前で死んだ。銃も通用しなかった生物が、体のあちこちが千切れ、死んだ。

 あきらかに自然現象によるものではない。昇の【ギフト】によるものとも思えない。


 考えられるものがあるとすれば、それはレイナの【ギフト】によるのだ。


「……」


 レイナは、なにも言わない……いや、なにを言えばいいのかわからない。レイナ自身、とっさに動いてしまったからだ。

 あのとき、踏み潰されそうだった昇を見て……自分の身が危なくなるのも構わずに、化け物に近づいて。その足に、触れた。


 昇が死んだら、次は自分も同じ運命を辿るから……本能的に、体が動いたのだろうか。それとも、単純に目の前で人が死ぬのを、見たくなかったからか。

 なんにせよ、結果的に昇の命は救われた。



【ギフト名:念死サイコキール

 :死を念じた相手を殺すことができます。


 ・発動条件

 死を念じる対象に触れている、または触れられていること。相手への明確な殺意が必要となります。



 これが、レイナの【ギフト】だ。触れた相手を、殺すことができる。その真偽は、図らずもレイナの目の前で証明されてしまった。

 人には、通用する。ならば、人以外には? もちろん、試してなどいない。


 だから、これは賭けだった。もしも、人以外に通用しなければ……昇は死んでいたし、接近したレイナの方が先に死んでいたかもしれない。

 昇と行動を共にすると決めたとはいえ、第一は自分の命だ。いくら一人が心細いとはいえ、あのような危険を侵す理由などなかったのに……


「わ、私の【ギフト】……触れた、動物を、殺せるみたいなの」


 気づけば、口をついて言葉が出ていた。今化け物を殺したのは、自分の【ギフト】によるものだと……その上で、嘘をついた。

 殺せるのは、動物ではなく人間だ。少なくとも、送られてきた文面にはそう書いてあった。


 これは正確には、嘘ではないのかもしれない。もしも、人間を動物として判定するならば……少し、言い方が違うだけだ。


「……動物を、殺せる」


 それを聞いて、昇は小さくつぶやく。レイナの言葉を信じられる根拠も、信頼性もない……だが、この目で見たものは別だ。

 少なくとも、レイナは化け物の足下に駆け寄り、なにかをしていた。あのとき死を覚悟していた昇には、レイナがなにをしているかよく見ることはできなかったが……


 結果として、化け物は身体中が捻じ曲がり、ところどころ千切れて絶命した。

 レイナがなにかをしたのは確実だろう。その行いは、結果的に昇の命を救うこととなった。


「……そうか、助かった。ありがとう」


「! う、うん」


 素直にお礼を言われたのが、レイナは意外だったようだが……昇だって、命を救ってくれたことにお礼を言わないほど、薄情であるつもりはない。

 おそらく、彼女はまだなにかを隠している……そう確信した上で、昇はレイナに頭を下げる。


 どうあれ、命を救われた。それに間違いはない。


「それにしても、こんな化け物までいるのか……なおさら油断できないな」


「そ、そうね」


 生き残りを賭けたサバイバルと聞いて、人同士のみによるデスゲームだと思ってしまっていた……考えてみれば、これだけの島だ。凶暴な動物がいてもおかしくはない。

 もっとも、あれを単なる動物と言い切るのは無理があるが。


 あれは、見覚えのある動物を、一部のパーツを組み合わせたような、そんな歪な生き物だ。


「……まさか、本当に異世界だってのか」


 送られてきたメッセージには、異世界への招待券がなんたらと書いてあった。アイテムボックスや【ギフト】など現実離れした現実だが、あのような化け物がいたとあってはいよいよここは異世界なのだろう。

 異世界と聞けば、心躍るような響きだが……まさか、こんなくそったれな気持ちにさせられるとは、思わなかった。


 いずれにしても、化け物が暴れたせいで、人目も集まるはずだ。ここから、早く離れるべき……


「あれ!? 増えてる……賞金」


「なに?」


 疑問を孕んだレイナの声が、昇の耳に届く。

 スマホを操作していたレイナが、驚きに声を漏らしたのだ。その視線を受けて、レイナは困惑したように、言葉を続ける。


「さっき、見たときは変わってなかったのに……二億円、増えてる」


「二億!?」


 その内容に、昇は驚きを隠せない。二億円が、突然増えていた……それは、普通ではない。しかも、先ほど確認したときには変わっていなかったらしい。

 たった数分の間に、なにが変わったのか。考えられるのは、先ほどの化け物だ。


 化け物を殺し、その結果として二億円が手に入った。もしかして、化け物を殺すと二億円が追加されるのか。


「……いや、それはないだろうな」


 癪だが、この訳の分からない状況においてメッセージの文はすべて真実だろう。そこに書いてあった。

 この島にいるのは三十一人……自分以外の参加者を殺し、三十億円を超える賞金を手に、元の世界に戻ることができると。


 この前提を崩しはしないだろう。もしもそうなら、化け物にも賞金がかけられていると事前に知らされているはず。

 化け物の存在すら知らなかったのだ、それは考えにくい。


 となると、だ……


「化け物が殺した参加者の分、か?」


「ぁ」


 化け物から逃げている最中、人の叫び声が聞こえた。あれは、化け物に巻き込まれてしまった参加者のものだろう。

 つまり、化け物が参加者を殺したことで、参加者の所持していた一億円が化け物に移動した。その化け物を殺したことで、化け物の賞金はレイナに移動した。


 化け物に殺された参加者が二人いたのか、それとも殺された参加者が二億円を所持していたのか……そんなものはたいした問題ではない。

 とにかく、参加者を殺した化け物を殺し、間接的にレイナが参加者が所持していた賞金を手に入れたということだ。


「どうしよう……私……」


 実際に、レイナが誰かを殺したわけではない。だが、後味のいいものではないだろう。

 人の命の重みを、嫌でも感じてしまう。



 ……昇所持金二億円。レイナ所持金四億円。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る