如月 レイナ3
「へへへ、じゃあそろそろ、生の……っ!?」
丈二 アラタの手は止まることはなく……胸を揉んでいた手で、再びナイフを掴み取る。その切っ先が狙うのは、彼女の胸を守っている布地……
それすらも、切り裂き、いよいよ身を隠すものを取っ払おうと笑みを浮かべた……次の、瞬間だ。
「ぁ……え、ぁ……?」
急に、丈二 アラタは声を上げる。それも、平常のものとは思えないもの……まるで、喉を締め付けられながら絞り出したかのような、声。
それが苦しみからくるものだと、レイナはなんとなく理解した。
丈二 アラタは、手に持っていたナイフを投げ捨て……レイナの口を塞いでいた手をも退かせ、自らの首元に手を持っていく。
それは、まるで自分の首を絞め付けているかのような行為……強く、自分の首を掴み上げる。
それは実際に、自分の首を絞めているわけではない。……むしろ、逆だ。
絞め付けられる……いや、捻られていく首を、手で押さえ必死に固定しようとしている。
「……え?」
目の前で起こっていることに、レイナは頭の理解が追いつかない。ただでさえ、今しがた襲われかけたのだ……冷静に見極められるはずがない。
丈二 アラタは苦しみに声を漏らし、それだけではなく……その姿に、異変が起こっていく。
ゆっくりと、しかし確実に丈二 アラタの首が、回っていくのだ。
それは、自分の意思で首を回しているようには、見えなかった。見えない力が働き、首を回している……それを、本人は必死に止めようとしている。
しかし、見えない力に抗う術は……ない。
首は、捻って回って捻って回って……本来、曲がってはいけない方向にまで、曲がっていく。後ろを向いた首は……そのまま、一回転するように、再びレイナの顔を見つめて。
ボキボキブチブチと……不快な音をBGMに彼の目は……
「ひぃ!?」
レイナの目と、目が合った……
ぶちぃ!
……その直後、なにかが引きちぎれる音が響き……目の前で、男の首が千切れるのを、レイナは見た。見てしまった。
千切れた首は、当然重力に逆らうことはできず……落ちていく。
落ちたその先は、レイナの腹の上。さらに転がり、地面の上で止まった丈二 アラタの顔は……苦悶の表情を浮かべ、レイナを見ていた。
「うっ……ぉ、えぇ!」
瞬間、レイナの中に込み上げてくるのは、襲われなくてよかったという安堵ではなく……強烈な、吐き気だ。
目覚めてから、なにも食べてはいない。昨夜食べたものも、もう消化されただろうが……関係、なかった。
丈二 アラタは、あり得ない死に方をした。ただでさえ、人の死など初めて見たのだ。それを間近で見てしまい、レイナは平常心を保てるはずもなく……
込み上げる嘔吐感に逆らうことはできず、胃の中のものをぶちまけた。
「はぁ、はぁ……」
もう、どれほどそうしていただろう。胃の中のものはなにもない、それでも込み上げてくる嘔吐感。
ついには胃液どころか血をも絞り出すように、レイナはえずいていた。
その時だ……スマホから、けたたましい着信音が鳴ったのは。
レイナは、もはや意識もはっきりしないままに、スマホを手に取り……画面を見た。
『
現在、あなたの所持金は三億円です。目標の三十一億円を目指し、頑張ってください』
ふざけるな……! そう、声を大にして言いたかった。
しかし、思い切り吐いたあとに、そう叫ぶだけの気力は、なかった。ただ、わかることがある……
自分は、本当にあの男を、殺してしまったのだと。
「うっ……」
いくら、襲われそうになったとはいえ……相手は、自分のファンだった男だ。彼にも、人生があったはずだ。
彼のしたことは許されることではない。しかし、だからといって死んでいいとも、思えない……いや……
「わ、たし……」
あの瞬間、レイナは確かに思った……死んじゃえ、と。その瞬間、男の首がねじ曲がり、千切れた。
あんなの、現実なわけない……でも、現実だコレは。こんなにもリアルなのだから……
なんなのだ、これは。あり得ないことばかりだ。それに、なぜこのメールの送り主は、レイナの本名を知っているのだ?
……如月 レイナとは、芸名だ。本名は卯月 恋奈……
本名を知っているのは、ごく一部の人間だ。それこそ、漢字まで合っているとなると、社長かマネージャー、それとも……
「……え?」
ふと、スマホの画面が目に入る。自分でも、知らないうちに画面を操作していたのだろうか。
そこに書いてあったのは、届いたメールの文面とはまた違うものであった。
【ギフト名:
:死を念じた相手を殺すことができます。
・発動条件
死を念じる対象に触れている、または触れられていること。相手への明確な殺意が必要となります。
「……なに、これ……」
その【ギフト】という項目……さらには、その内容に発動条件。
わからないわからないわからない。なにも、わかりたくない。わかりたくないのに……
「私が……死ねって、思ったから……?」
死ねと念じたから相手が死んだ。そんなの、現実ではあり得ない。創作の世界の話だ。
だが……目の前で起こったことは、果たしてあり得ないと断定できるものだっただろうか。
少なくとも、今まで自分があり得ないと思っていた現象が、起こっている。
「私の……私の、せい……」
自分のせいで人が死んだ……呆然自失となり、レイナはゆっくりと立ち上がる。
なぜこんなところにいるのか、なんでこんな目に遭わなければいけないのか……そんなのは、もうどうでもよかった。
……あぁ、服に血がついてしまった。まずは、これを流さないと……
「……水……」
昨日まで、高校生アイドルとして日本中を熱狂の渦に巻き込んでいた、如月 レイナ。
その目から、彼女の持ち前の明るい光はすっかり失われ……ただ茫然とした目的を抱いたまま、歩みを進めていく。
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