矛盾だらけの関係



「……」


 俺は、いったいなにをしているのだろう……昇は、その気持ちを抑えられなかった。

 現在、彼は湖から少し離れた草むらに身を潜め、湖に背を向けた状態で待機している。


 なぜこのような状態になっているかというと、それは湖で現在、レイナが水浴びをしているからに他ならない。


「ねぇ、ちゃんといるわよね?」


「いるよ」


「覗いてないわよね」


「ねぇよ」


 正直、女子高生アイドルの水浴びなど、興味ないはずがない。だが、昇はこうして、おとなしく見張りを請け負っている。

 どうしてこうなったか……と言われると、レイナの押しに負けた、と言わざるを得ない。これまで女性と密接な関係になったことがない昇にとって、レイナの"頼み"はあざといとわかっていても、断れないものだった。


 こんな状況で、なにを馬鹿なことを……と自分でも思うが。こんな状況だからこそ、手を組める相手がいるなら手を組んだほうがいいのではないか、とも思うのだ。


「それで、どうなるかはわかんないけど……」


 このデスゲームは、自分以外の三十人を殺さなければ元の世界に戻ることはできない。だが、そう書かれているだけで本当に、帰れるかの保証もない。

 それに、それだけの人を手に掛ける、というのも問題だ。もちろん、数の問題ではないが。


 現在、わかっているだけでも最低三人はデスゲームを退場している。昇が手にかけてしまった男、男が殺していた人物。そして、レイナが手にかけたであろう人物。

 レイナが殺した人物が一人か、それとも二人か……さらに、殺した人物がすでに誰かを手にかけていた場合、脱落者はさらに増える。


 なにより……巻き込まれ、混乱している昇とレイナがすでに一人殺しているのだ。デスゲームに積極的な者なら、もっと多くの人数を殺していてもわからない。


「……武器は、これだけ、か」


 考えたくはないが、デスゲームを楽しんでいるような人物は……いる可能性はある。そんな人物が襲ってきたとき、身を守ってくれるものは。

 右手に持つ、この拳銃だけだ。本来ならばアイテムショップで買うものなのだが、昇を殺そうとした男が落としたものを拾っておいた。


 武器はこれ一つ。おまけに、段数は残り……四発。あの男は、すでに二発使っていたのだろう。

 拳銃が無制限に弾を撃てればよかったのだが、そんな都合のいいものであるはずもなく。

 弾を手に入れようと思えば、弾をアイテムボックスで買わなければならない。


 他に武器となるものがあるならば、それは【ギフト】だ。しかし、昇の【ギフト】は『幸運ラキ』……その名の通り、昇の身の回りで幸運な出来事が起こる、というものだ。

 これは、とても攻撃的な【ギフト】とはいえない。あの男のように、影を刺して動けなくする、というものならばまだやりようもあった。むしろ、殺しをしたくないされたくない昇にとって、あれこそ欲しかった【ギフト】だ。


「あの女は……」


 下手に無言になれば、背後の水の音や鼻唄まで聞こえてくるため、気を紛らわせるためにも一人つぶやく昇。

 レイナの【ギフト】、それは不明だ。こうして背を向けている以上、相手の手の内を知らないというのは恐ろしいものがあるが……


 ただ、わかっているのは……服や肌に、返り血がべったりとついてしまうほどに、相手を惨殺することが可能な、【ギフト】である可能性が高いということ。

 かわいい顔をして、実はとんでもない残虐な性格の可能性だってあるのだ。


 今だって、背中を見せてはいるが警戒は行っている。それに、わざと草木や砂利の多い場所に潜んだ。

 ここならば、たとえどこから近づこうと音で気づくことができる。だが、もしも遠距離から攻撃できるものがあるとするならば……そう、たとえば昇の持つ拳銃のような……


「……やめよう、考えてもキリがない」


 なにをどう考えても、安全というものは存在しない。それに、相手が武器を持っていても……それが、機能しない場合もある。

 昇の【ギフト】『幸運ラキ』なら、攻撃的ではなくても昇の命くらいは守ってくれるのではないか……そんな、根拠もない自信があった。


 なんにせよ、これからのことを考えなければいけない。誰も殺さずに、この島から脱出する方法が必ずあるはずだ。

 さっきは考えもしなかったが、最悪海に出るという方法もある。人手があれば、イカダのようなものを作ることだって……


「あ、あの……」


「……なんだ」


 ふと、後ろからガサッと音がした。それは、水浴びを終えたレイナが近づいてきたものだ。

 なので、昇は特に驚くでもなく、応対する。自分を害しよう、という悪意は感じられない。


 だが、言葉が続かない。向こうから話しかけてきたのだ、なにか用があるから話しかけてきたのだろうが……いい加減無言の時間に、昇はじれったさを感じる。

 なので、振り向いて言葉の先を促そう……そう考えたのと同時に。


「き、着替えとか、持ってないか、なって……」


「……は?」


 その思わぬ言葉に、昇は固まる。そんなことを聞かれるとは、予想外だ。

 しかも、そんなことを聞くということは……今、レイナは……


「へ、変なこと考えないで! 仕方ないじゃない、あんな、血まみれの服着たままなわけにもいかないし……かといって、手元にあるのはスマホくらいだし……」


 レイナの必死の訴えに、昇は邪心を振り払い咳ばらいをする。この場において、着替えなど昇も持っているはずもない。

 目覚めた時点で、スマホとクーラーボックスしかなかったのだ。そういった日用品は、ないだろう。


 ……アイテムボックスの中になら、そういうものもあった気がする。


「なら、服とか買えばいいだろ」


「で、でも……」


「いやなら、ずっと裸でいろよ」


「……っ」


 こんなお金で、買い物などしたくはない……彼女自身が、言っていた言葉だ。それを、こんなにもすぐに決断に迫られることになるとは。

 しばらくの葛藤の後、レイナは覚悟を決めたのか深いため息。直後、スマホを操作している音が聞こえてきた。


 どうやら、衣類を買うことにしたようだ。

 それには、昇も賛成だ。このまま裸でいるなど、本人の羞恥以上にこの森の中でそれは非常に危うい。


「後ろ向かないでよ」


「向かねえよ」


「……向いたら、殺すから」


 ボソッ……と、最後につぶやいた言葉は、昇には聞こえなかった。いや、聞こえないようにつぶやいた。

 先ほど、男に襲われたばかりのレイナ。そんな彼女が、今背中越しとはいえ男に素肌を晒している。


 あのとき、昇を止めたのは……一人が心細いから。その理由は、嘘ではない。しかし、男と共にいるなど、それだけで耐え難かった。

 それでも、男を引き止め、協力することにしたのは、やはり一人は心細いから。そして、もう一つ……自分の手でなら、相手をいつでも殺せるからだ。


 見た感じ、先ほどの男よりは理性的な男だ。だが、いつ、どう豹変するかはわからない。男はこの場においては心強いが、逆に危険でもある。

 そんな相手でも……レイナの【ギフト】『念死サイコキール』ならば、すぐにでも殺すことができる。発動条件は、触れた相手に対して強い殺意を抱くこと。


 触れるだけで、殺せる……その強みがあるからこそ、レイナの行動は矛盾と大胆を孕んでいた。

 ……もっとも、また人を、殺すことができるのか……そんなことは、レイナ自身にもわからなかったが。

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