これからの行動
「……もう、いいわよ」
レイナの言葉に、昇はようやく振り向く。そこには、血だらけの服を着替え、新品のものに身を包んだレイナの姿があった。
Tシャツに短パンという格好ではあったが、そんなありふれた服でさえレイナが着ると、絵になった。
「……この環境で短パンかよ」
「うるさいな」
こんな森の中で、生足をさらして動くのは危険だと思うが……まあ、昇には関係のないことだ。
むしろスカートでないだけ、まだ本人も考えてはいるのだろう。
……ふと、あれだけの血を服に浴びれば、下着も汚れてしまったのではないかと思ったが……さすがに、それを聞くのはためらわれた。
「……それで、これからどうするの?」
「……すっかり、一緒に行動する気満々なんだな」
「一人だと、不安だし……」
まだお互い距離があるが、この状況で一人は不安、というのは同じ気持ちだ。
信用できない相手と組むか、それともまた一人に戻るか……正直、危険度では変わらない気もする。
だが、一人ではない……それがたとえ、信用ならない相手とでも。その心理が働くことは、間違いない。
「なら……いつまでもこんな、ギスギスしてても仕方ないな」
共に行動するのなら、いつまでもこんな空気ではいられない。昇はため息を漏らし、立ち上がる。
そのままレイナの方へと、足を進めると、彼女の肩が少し跳ねたのがわかった。
だから……昇は一定の距離を保ち、彼女に手を差し出した。
「え……」
「信用しろとは言わないし、俺もお前を信用したわけじゃない。お互いの【ギフト】も聞かない……
けど、一緒に行動するんだ。これくらいは」
信用されるとも、できるとも思っていない。それでも。
昇が手を差し出したのは、握手をするためだ。こんなもので、お互いになにが変わるとも言えない。
だが、一緒に行動するのならば。こんなギスギスした空気は、払拭したい。
そのための第一歩が悪手とは……我ながら、考えが及ばないと昇は笑った。
ちなみに、【ギフト】を明かさないのは、自分の【ギフト】が『
もしも相手が攻撃的な【ギフト】を持っていた場合、昇の【ギフト】を知った途端に襲い掛かってくるかのせいもある。
相手は女で、こちらには拳銃がある……とはいえ、【ギフト】というものは得体が知れない。
もちろん、相手の【ギフト】は知りたいが……自分だけ隠して、お前だけ教えろと言えるはずもない。
ならば、こちらの【ギフト】は強力な攻撃性のあるものだと思わせておいた方がいい。お互いにけん制し合うのが、ちょうどいい?
「? どうした」
握手を求める昇の手に……いつまでも、温もりが寄せられることはない。
いつまで経っても、レイナが握手に応じてくれないからだ。
訝しむ昇だが、レイナには男に襲われた疑惑があることを思い出す。
ゆえに、男には手も触れたくないということだろうか。
……たとえそうだとして。気持ちはわかる。それでも、こちらから歩み寄っているのに、それを無下にされるのはいい気はしない。
そもそも、襲うような気持ちがあるなら、拳銃で脅している……そうしなかったから、昇と行動を共にするといったはずだ。
本人が、そう言ったのだ。
「いや……その……」
……レイナは、差し出された手を前に、戸惑っていた。
その理由はもちろん、昇が考えていた通り男に触れることへの嫌悪感から……というものが、ないわけではない。
だが、真の理由は別のものだ。
……【ギフト】『
なんせ、念じただけで人を殺せるのだ……それには、発動条件がある。それこそが、対象に触れていること。
対象に触れ、殺すと念じれば触れた相手は、死んでしまう。これは自分が一方的に触れられていた場合も同様で、これが原因でレイナは目の前で人が死ぬところを見た。
これには、強い殺意が必要とのことだ。……だが、強い殺意とは?
今のところレイナは、昇に対しての恐怖はあっても、殺意は持っていない。だが、恐怖が殺意に変わる可能性は……ある。
それに、昇個人でなくても……触れた瞬間、自分を襲った"男"というものに強い殺意を抱く可能性は否めない。
そうなってしまった場合、その瞬間触れていた昇は……死ぬ。
自分が、触れたら相手が死んでしまう……その気持ちが、レイナに握手をためらわせた。
「……ちっ、手も触れたくないか」
しかし、レイナのそんな葛藤も知らない昇は、舌打ちをして手を引っ込めてしまう。
もし、逆の立場だったら……信用できないと言いながらも、必死に歩み寄ろうとして、それを拒否されたら……どんな、気持ちだろう。
いっそ、自分の【ギフト】を明かす……ダメだ、そんなことをしては、距離を縮めるどころの話ではない。触れた相手を殺す【ギフト】を持つ人間など、近くに置いておけるはずもない。
話しても、話さなくても……彼からの信用は、得られない。
「じゃ、まあこれからのことを決めよう」
少し下がり、その場に腰を落ち着ける昇は、自分が拒絶されたと思っても一緒にはいてくれるようだ。それがまた、レイナの良心を苦しめる。
その声色は、先ほど歩み寄ろうとしてくれたものとは、明らかに違っていた。
昇は、スマホを取り出して操作を始める。
「とりあえず、あんたが水浴びしてる間に、いろいろ見てみたが……
このアイテムボックスを活用せずに、生き残るなんてことはできないみたいだな」
「え?」
「食料はもちろん、この中に重要なものがある……充電器だ」
「あ……」
言われるまで、失念していた……命のやり取りをしていたのだ、当然と言えば当然だろうが。
スマホを使っていれば、当然消費する電力がある。ならば、消費した電力をどこで充電するか?
この島に、コンセントがあるとは思えない。
そもそも、充電器がないし、電気が通っているかもわからない。
「この、内臓バッテリーのある充電器。食料と同じくらい、こいつは必要なものだ。
この島じゃ、スマホが使えないと即デッドエンドだからな」
いくら節電するとしても、限界がある。まず、マップはほぼ見放せない。
それに、【運営】とやらからまた連絡が来ないとも限らない。まだ見つけてない機能があるかもしれない。
充電がなくなれば、それらは使えなくなる。そうなれば、命取りだ。
「しかも、結構な高値に設定してある。足元見やがって」
昇はもはや、はっ、と投げやりに笑うことしか、できなかった。
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