もう疲れた
「わ、わた、し……」
震える声で、レイナが口を開く。その表情は、真っ青に染まっていた。
目の前で、大量の血を流した子供が倒れている。自分の体が汚れるのも構わずに、レイナは子供を抱きしめた。
「さっきの、男に……足を、撃たれて……それで、動けなく、なって。そうしたら、この子が……ふ、震えた手で、ナイフを持って現れて……
私、子供を……殺せ、ないからさ。だから……死ぬのは、怖いけど。この子になら、殺されて、いいかな、って。もう、疲れ、ちゃったし。
そ、そしたら……この、子が、転びそうに、なって……わ、わたし、とっさに、手を、伸ばし、ちゃって……さ、ささ、触っちゃった。そ、そ、うし、たら……この子……」
「……わかった、もういい」
震える口ぶるから、震えた声が漏れる。それを昇は、一言一句聞き逃さないために、黙って聞いていた。
だが、レイナの目からぽろぽろと涙が流れ出したのを確認し、言葉を止めさせた。あのまましゃべられていたら、レイナが壊れてしまう。
だが、レイナの言葉は止まらない。
「ねえ、どう、して? この、手が、触れても……殺意がなければ、こ、殺さなくて、すむはず、でしょ?
わたし、この子に、殺意なんて……」
恐ろしいものを見る目で、レイナは自分の手を見つめた。その手は血に染まっている。
昇は、レイナの【ギフト】の詳細を知っているわけではない。陸也との件のあと、それとなく聞いただけだ。
触れた相手を殺すことはできるが、それは触れた相手に殺意を持っていないと発動しないと。その言葉が本当か嘘かの判断はつかないが、現に昇は、レイナの手を取り走っていた。
「ど、どうしよう、わたしぃ……!」
「おい、落ち着け……!」
幼い子供の命を奪った事実が、レイナに重くのしかかる。これまでレイナが手にかけてきたのは、自分を殺そうと襲ってきた相手ばかりだ。
無論、この子供も、武器を持っていた辺りレイナを殺しに来たのだろうが……それでも……
子供の命を奪うことは、レイナには耐えられないことだった。
「だって、私、アイ、ドルで……アイドルに、なったのは、こ、子供たちを、笑顔に、したい、から……なのに、わ、たし……!」
「おい!」
「……あは、あはははははは!」
両手で顔を覆い、懺悔するように言葉を漏らしていたレイナは……一転、今度は高らかな声を上げて笑い始めた。
真っ暗な天を仰ぎ、狂ったように笑い……その目から、涙を流している。
「はははは……はは……ぁ…………
……もう、疲れた」
まるで電池が切れたように、レイナはおとなしくなって。
「もう、疲れた」
繰り返し、疲れたと口にして……
「ねえ……私のこと、殺して」
虚ろな目を、昇に向けて……決定的な言葉を、投げかけた。
その内容に、昇は目を見開いて……反射的に、口を開いた。
「なっ……んで、そうなるんだ!」
「言ったでしょ、もう疲れたって……」
「だからって……!」
「……迷うこと、ある? たった一人の生き残りを賭けた、サバイバルデスゲーム……今残っているのは、私とあなただけ」
昇の感情的な言葉は、しかしレイナの無感情な言葉に塗りつぶされる。それは、あまりにレイナの声がおぞましく感じたのと……その言葉を、否定する材料を、持っていなかったからだ。
「わかってたよね。協力して勝ち抜いても、結局最後にはどっちか、殺さないといけない……ま、一緒に行動したいって持ち掛けた、私が言うなって話だけどさ」
「それは……」
レイナの言う通りだ。だからこそ、他の参加者は誰と組むこともなく、単体で殺し合いを始めた。
それが結果的には、協力関係を結んでいた昇とレイナには良い方向に働いたが……
最後には、どちらかを殺さなければならない。気付いていなかったわけではない。ただ考えないようにしていただけだ。
「お前、死にたくないって、言ってたろ」
「あー……うん。でもさ、それももう、どうでもいいんだよ」
つい数時間前までは、死にたくないと、不本意な殺人に手を染めながらも光を失っていなかった目からは……完全に、光が消えていて。
「子供を殺してまで、生き延びたくない……」
「それも、あるよ。ただ……元の世界に戻ったところで、ちゃんと、私の居場所があるのかなって」
「……は?」
言葉通り、すべてがどうでもいいといった表情からは、もはやなにも感じられない。言葉に表すとすれば、それは無だろう。
そんな彼女は、なにを考えているのか。いや、頭に浮かんだことをただ話しているだけだろうか。
「私さ……テレビじゃ、大人気アイドルなんてもてはやされてるけど、実際にはいろんな子に良く思われてなかったり……死ね、なんて手紙が届くこともあった。借金だってあるんだよ?」
「……そ、それは……なんて言えば、いいか」
「いいって、気にしなくて。
……とにかくさ、私を取り巻く環境は、周りが思ってるほど輝いてないの。だから、こんなデスゲームに、参加させられたのかもね」
「……は?」
自虐するように笑うレイナは、自身の闇を赤裸々に話していく。
テレビの裏側では、人間関係や、お金の問題……それらが、付きまとう。直接なにかを言われること、陰口、ネット……いろいろなことがあった。
芸能人ゆえの悩み。だが、それがどうしてデスゲームに繋がるのか、昇にはわからない。
「これは、私の予想なんだけどね……
私たちは、私たちに恨みを持つ人に、デスゲームに参加されられたんじゃないかなって」
「……恨みを、持つ人……」
「だってこのゲーム、三十億ってお金が動いてるんでしょ?
だったら、気に入らないやつをゲームに参加されたら賞金が見えない。貰える……そういうシステムなんじゃないの?」
振り向くレイナは……笑っていた。それは、テレビで見るような、純粋な笑顔ではない。
なにかが壊れてしまった……狂ってしまった者の、笑顔だ。
それに、レイナは気づいているのだろうか……いつの間にか、殺人のデスゲームを、単なるゲームとしか呼んでいないことに。
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