平井 昇2
『また、ゲーム参加者には一人一つ、【ギフト】が授けられています。
その内容は、携帯画面に表示されているので、各自確認してください。【ギフト】を駆使することが、あなたが生き残り、また競争相手を減らすための近道となるでしょう』
昇は何度目かわからない舌打ちをして、またもスマホ画面を見つめる。そこには、先ほどまでとは違い、マップのようなものが表示されている。
おそらくは自分のいる場所を、上から見たであろう図。赤い点と青い点が動いており、動き方からこの赤い点が自分だと思えた。
青い点は、今自分を追ってきている者……昇を殺そうとしている、イカれた相手だ。
昇が、これをただのいたずら、と笑い飛ばせない理由が、他ならぬこの青い点の相手だったからだ。
「あんなのに、捕まったら……!」
島で目覚めた昇は、現状を確認するために森の中へと足を踏み入れた。
未開の地に足を踏み入れるのは勇気がいったが、足には自信がある。危ない生き物に会ったら、全力で逃げればいい。
これはなにかのいたずらなのだから……どこか、楽観した気持ちがあって……
それを、後悔することになるのに、そう時間はかからなかった。
森の中を歩いていた昇は、周囲を警戒しつつスマホをつついていた。なにか、他に使える機能はないのか。その中で見つけたのが、冒頭のメール文と、このマップだった。
メール文にある【ギフト】というのは気になったが、それよりも優先すべきは現在地。昇の興味は、マップへと移っていた。
画面に表示されたマップ。そこには三つの点があり、赤い点一つと青い点二つが表示されていた。これは点の数からみても、自分と、それ以外の人間ではないかと思い……昇は、点のある方向へと足を向けた。
おそらくは、近くにいる人を表示しているのではないか。その予想は、見事に当たった。当たってしまった。
その先で見てしまったのは……木々の開けた場所で、木刀らしきものを持って何度も何度も、相手を叩きつける男の姿だった。
最初は、なにか映画の撮影かと思った。しかし、周りにカメラも見当たらない……なにより、吹き出る血が、肉を叩きつける音が、嫌にリアルで。
……男がこちらを、見た気がした。目があった、気がした。
「はっ、はっ、は……!」
その姿を見た瞬間、昇は逃げた。
人はいた。自分と同じ立場の人間だろう、情報共有ができたかもしれない。
……そんなものよりも、本能が危険を感じた。あのままあの場にいては、危ないと。
急いで逃げたが、本当に目があったかはわからない。が、その際に音を立ててしまっただろう。それに、マップを見れば自分以外に、そこに誰かいたことがわかる。
マップを見て……昇は、気づいた。先ほど三つあった点が二つに減っており。且つそこにいたはずの点が、自分を追いかけてきていることに。
「っ、うぁ……!」
このまま逃げ続けていても、埒が明かないだろう。逃げ続けていれば諦めると思っていた相手も、一向にその気配がない。
ならば振り切れればいいのだが、不思議と距離が離れない。地形のせいだろうか。山道のような場所に慣れているか、あるいは相手はすでにこの道を通ったことがあるのか。
いずれにせよ逃げている音も隠せないし、マップがある以上隠れても意味がない。
その上……なにかに足を取られて、転んでしまう。石にでも躓いたか、走り続けたため体力が低下したせいか。
ともあれ、派手に転んでしまい……受け身も取れず、体のあちこちをぶつけてしまう。
「や、ヤバい……!」
痛い……が、今は痛みに悶えている時間すら惜しい。
転んでしまっては、ただてさえ引き離せない距離が縮められてしまう。昇は痛みを抑え、早く早くと立ち上がろうとするが、うまく立ち上がれない。
足が震えている。いや、それどころか全身が震えている。当然だ、生で殺人を目撃したのだから。
しかし、そんなもの理由にはならない。ヤバい、なにをやっている。早く立って、走らないと。でないと、殺人犯がすぐそこに……
「見ぃつけた」
「!」
まるで背筋を這い回るかのような、ゾワゾワする言葉。昇の本能が最大級の警戒を鳴らすが、体が動かない。いつの間にか足の震えが止まっているのは、あまりの恐怖にすくんでしまったのか。
なんとか動くのは、首のみ。恐る恐る、振り返る。
そこにいたのは……一人の、サラリーマン風の男だった。
道端ですれ違えば、人どころかきっと虫さえも殺せないだろうと思えるほどに、優しい顔をした男だ。先ほどの光景を見ていなければ、こうして恐怖に震えることすらない。
あるいは、先ほどの光景はなにかの見間違いだったのではないか。さっきのあれは幻覚かなにかで、心配したこの人が必死に追いかけてきてくれたのではないか……そう、思えすらした。
……彼の頬に、べったりとした血がついてなければ。
「ひぃい!?」
もしや、それすらも幻影? それとも本物? わからない、なにもわからない!
なにが夢で、なにが現実で。こんなこと、許されていいのか!?
男は、にっこりとした笑みを浮かべるのみ。それが返って不気味だった。
なんとか、この場を離れなければ。昇は再度起き上がろうと、なんとか足に力を入れようとするが……無理だ、動かない。
こんな状況でまだ、動くことすらできないのか。それとも、こんな状況だからこそか。
だが、悠長なことは言えない。逃げないと、早く逃げないと。よく見れば男は木刀を持っている、先ほど誰かを殴り殺していた木刀。
血で濡れている。あれで、俺も殺される!
それがわかっていて、なぜ体は、動かない!
「無駄ですよ」
初めてだ。この島に来て初めて、自分以外の声を耳にした。それは望んでいたものでもあった。
それが、まさかこんな恐怖を与えてくるとは、思わなかった。ゆえに、それは望んでいないものでもあった。
男の声は、とても落ち着いていて……とても、先ほど人を殺していたとは思えない。
それこそ、本当に先ほどの光景が幻覚だったのではと思えるくらいに……
「あなたはもう、動くことはできません。
私の【ギフト】『
「は……?」
男の冷静な声が、昇の恐怖心を煽る。
なにを言っているのだと思うが……【ギフト】とは、メールの文面に書かれていたもの。それがどういうものかはよくわかっていない。が、今昇の動きを止めているのが【ギフト】によるものだとしたら……
足が動かないのは、恐怖によるものではなく……いや、それもあるだろうが……それだけではなく……
それはまるで、異能力だ。そんなバカなこと、あるはずが……ない。はずだが。
いや、今自分の身に起こっていることこそが、もはやバカなこと、なのだ。
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