第10話 いざ、侯爵領へ

 グレイに対して、我ながらとんでもない無茶ぶりをかました後。私はすぐに、とある貴族と面会の約束を取り付けた。


 借金まみれだったお父さんから私を買い取った、幼女趣味ロリコンの大貴族──コーンウェル侯爵だ。


「これが、正真正銘最後の大博打……はあ、胃が痛い」


 無事にフラウロス領のコアが直るのを待ち、完全な自立浮遊が可能になったのを確認した私は、一人メビウスに乗り込んで侯爵領を目指す。


 わざわざメビウスで向かう理由はいくつかあるけど……まあ、一番大きいのは威圧かな。


 今の私にはこれだけの力があるんだと示して、少しでも有利な条件を取り付けるための。


 ……えっ、一人で行く理由?


 人手がないからだよ!! これ以上ミアを屋敷から外すと、誰も掃除してくれないからフラウロス家が幽霊屋敷みたいになっちゃうの!! メビウスの精霊達も、ちゃんと指示してくれる人がいないと仕事出来ないし、他にもやって貰わなきゃいけない仕事があるし……言わせないでよ!!


『マスターでも緊張を覚えるのですね。メビウスを回転させたことに比べれば、貴族との交渉など些事かと思いますが』


「そんなわけないでしょ。私、今から行く貴族に買われないために頑張ってたんだから、これで失敗したら全部パアなんだよ?」


 他にもまだまだ問題は山積みなんだけど、まずは何より私自身を買い戻さなきゃ話にならない。


「それより、アイこそここにいて大丈夫なの? グレイを古代魔法技師ロストエンジニアにしてくれるんでしょ?」


『私を誰だと思っているのですか? メビウスの管理が本業であり、精霊としての本体も常にこの内部に宿っています。今ここにある姿は、あくまで意識を飛ばすための分身体ですよ。当然、グレイの傍にもありますので、マスターのサポートとグレイの指導、同時に並行可能です』


「へ~」


 アイって、聞けば聞くほどやってることがAIっぽいよね。純粋な魔法の産物なのに。


 なんだっけ? 高度に発達した科学は魔法と同じだとかって聞いたことあるけど、それの逆バージョンかな?


「まあ、そっちもちゃんと進んでるならいいや。アイ、交渉の場には私一人で向かうけど、何かあった時はバックアップよろしくね」


『お任せを。たとえドラゴンが飛来しようとマスターは守ります』


「さすがにそれはないでしょ……」


 メビウスの機能は、現在そのほとんどがダウンしてるんだけど、動かせる最低限の“副砲”だけでも、フラウロス領くらいなら粉々に吹き飛ばせる力があるらしい。


 修理が進んで“主砲”まで動かせるようになったら、どんだけ凄まじい戦力になるんだか……うん、そんなもの使う事態にはなりたくないなぁ。


「さて、そろそろ侯爵領に到着する頃かな?」


『そうですね、残り一時間弱──マスター、感知魔法レーダーに感あり、こちらに急速に接近してくる一団があります』


「魔物? それとも杖鎧ロッドギア?」


『杖鎧です、数は十二。通常時のボロットのおよそ三倍の出力がありますね。更に言えば、ちゃんと人型の騎士と呼べる形状をしているので、外見もより美しいです』


「ねえ、今ボロットと比べる必要あった?」


『その方が分かりやすいでしょう?』


「そうだけどね? 私泣くよ? ……まあ、まず間違いなく侯爵領の守備隊だろうし、出発前に指示した信号弾、打ち上げて」


『了解』


 メビウスの外縁部にて、自然に生えた木々を押し退けて副砲が稼働し、空へとその照準を向ける。


 立て続けに響く轟音と共に放たれたのは、侯爵にアポを取った時に取り決めた合図だ。私は敵じゃない、と示すための。


 遥か遠くからでも視認出来る、小さな太陽のごとき眩い光。青、赤、青の三つが空を彩るのを見て、接近する杖鎧の動きが明らかに鈍った。


 “そちらの度肝を抜くような乗り物で向かいます”とは言っておいたけど、流石に空島そのものが乗り込んで来るとは思わなかったんだろう。

 どう対処すべきか、迷っているように見える。


『マスター、対象杖鎧の一機より通信です』


「繋いで」


『……こちら、コーンウェル侯爵家所属、第十三守備中隊隊長ロンウッドだ。そちら、フラウロス男爵令嬢でお間違いないだろうか』


ではなく、現在は正式なです。そこはお間違えなきようお願いします」


 国王陛下の正式な承認はまだだけど、親が出奔した今、男爵家を取り仕切っているのは私だ。そこは間違って貰っちゃ困る。


 それにしても……“第十三守備中隊”ですって!!

 ボロットとは比べ物にならないくらい高性能な杖鎧を、一個中隊十二機で最低十三部隊分、計百五十六機。


 当然予備機もあるだろうし、守備中隊ってことは外征用の部隊だって他にあるはず。

 それだけの数の杖鎧を揃えて、パイロットになる魔法使いを育成して……一体どれだけお金がかかるやら、想像もしたくない。


 侯爵家からすれば、ウチが抱えてる借金も端金なんだろうなぁ……ああ嫌だ嫌だ、これだから金持ちは。


『……失礼しました、男爵殿。申し訳ありませんが、こちらの……乗機、と言っていいのか分かりませんが、あまりの威容に民が不安がっています。我々の船に移乗していただけないでしょうか?』


「もちろん、構いませんよ。この島の上空まで船を接近させて頂けますか? こちらから乗船いたしますので」


『承知しました』


 そのやり取りの後、ロンウッドさん達の部隊が利用しているのであろう母船が、メビウスの上空までやって来た。


 私がメビウスを見付けた時に乗ってたのは、“空飛ぶヨット”だったけど……こっちは、まさに“飛行戦艦”っていう呼び名が相応しい。


 ……これも、もしかして部隊と同じ数持ってるのかな? ちょっと、本当に、同じ貴族とは思えない格差に泣きそう。


「それじゃあ、行きますか」


『どうやってあの船まで行くつもりなのですか? ボロットはフラウロス領ですが』


「そんなの、自力で飛んでいくに決まってるでしょ?」


 アイの質問に、私はごく当たり前にそう返す。


 ちょっと驚いたみたいに硬直するアイの姿を見て、思わず噴き出した。


「何度も言ってるでしょ? 私、そこらの魔導コアには負けないって」


 管制室から出た私は、自身に浮遊魔法を発動。近くと言っても、それなりに距離がある上空の飛行戦艦まで一気に飛んでいく。


 甲板に降り立つと、そこにいたクルー達が幽霊でも見付けたかのようにぎょっと目を剥いた。


 そんな彼らに、私は今日のために精一杯おめかしした白のドレスの裾を掴み、風になびかれながら優雅に貴族としてのお辞儀をする。


「初めまして。フラウロス男爵家当主、ルリス・フラウロスと申します。以後、お見知りおきくださいませ」

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