第7話 世紀のマッチポンプ

 結論から言おう。


 無理でした。


『フラウロス領ですが、明らかにコアが過負荷によってパワーダウンを起こしています。高度が徐々に下がっているので、凡そ一時間以内にコアが完全に機能停止し、墜落するものと考えられます』


「ノォーー!?」


 メビウスの回収から三日。魔物の掃討が完了したということで、私とミアは飛行船からメビウスの管制室へ移っていた。


 私の暴挙とも言える浄化作戦のせいで、管制室の中はぐちゃぐちゃ。本来の機能のうち、まだ半分も復旧出来ていないみたいなんだけど……遠く離れた位置にあるフラウロス領を感知し、現状をモニターすることは出来るみたい。


 それを使って判明した事実に、私は頭を抱えた。最悪だ。


「急いでコアを戻そう!! デュアルコアになれば支えられるよね!?」


『浮かせるだけならば可能ですが、こちらも相応に劣化していますからね。今から最短でコアを戻したとして、その間に加速した落下の勢いを止める出力を発揮しようとすれば、最悪の場合コアが二つとも破損します』


「嘘でしょ!?」


 ほとんど詰んでるじゃん!!


『ですので……メビウスをフラウロス領上空に移動させ、アンカーによって固定。コアの修理が完了するまでの間、島を吊り上げる作戦を提案致します』


「そんなこと出来るの!?」


『メビウスを甘く見ないでください。あの程度のサイズの島、対象のコアが全損していようと支えられます』


 さらっととんでもないことを口にするアイだけど、お陰で希望が見えたよ。


「じゃあ、すぐに実行しよう!! ミア、あなたはコアを持って飛行船で先行、技師に整備と修理を依頼して。私はボロットで、アンカーを打ち込むポイントの周辺住民を避難させるから!」


「かしこまりました」


 慌ただしく動き始めた私達は、メビウス、飛行船、そしてボロットの三手に別れてそれぞれにフラウロス領を目指して飛び立った。


 目視可能な距離まで来てみると、確かにフラウロス領の島全体が少し傾いて、ゆっくりと高度を落としているように見える。


 これはまずい。


「アイ、アンカーはどこに打ち込むの?」


『東西南北四方の端です。ボロットに位置情報を送信しましたので、そちらを参照してください』 


 アイの説明が終わると、《透視》の魔法越しに見える外の景色にふわふわと浮かぶ光の球が浮かび上がった。


 全部で四つあるそれが四方に散り、それぞれ別の場所の上空で静止している。


 あそこに打ち込むってことだね。


「じゃあ、近くの住人の避難をっと……」


 ただ、アイも人里はちゃんと避けてくれたようで、直撃するような位置に建物はない。


 一応、近くに人影もないことを一通り回って確認したところで、私はアイに指示を出す。


「大丈夫、人はいないよ」


『こちらでも、人間らしき生命反応は感知出来ませんでした。アンカー、射出します』


 生命反応が感知出来るなら、私いらなかったんじゃ? と一瞬思ったけど、ダブルチェックは大事だと自分を納得させる。


 直後、フラウロス領上空を覆うように飛んできたメビウスから、魔法の光を発して輝く鋼の槍が四つ射出された。


 それは、凄まじい勢いでフラウロス領の大地に突き刺さり、鎖を通じてメビウスと接続される。


『固定確認。アンカーを起点とし、浮遊魔法の対象範囲を拡大。対象“フラウロス島”、緊急浮上を開始します』


 メビウスを中心に、強大な魔法が島全体を包み込んでいくのを肌で感じる。


 ビリビリと痺れるようなその圧は、指示を出した私でさえ畏怖を覚えるほどだった。


「私、魔力量なら魔導コアにもそうそう負けないって思ってたけど……これは無理だわ」


『当然です。たかが一個人の魔力に負けるようでは、魔導コアとは到底呼べません。ただの鉄屑です』


「ちょっと!! 私のボロットをクズだなんて呼ばないでよ!!」


『言っていませんが』


 だってボロットの魔導コア、私と出力変わらないもん!! それでも立派な私の相棒なんだよ!!


『ともかく、島の状態は安定しました。魔導コアの修理が完了すれば、後は問題ないでしょう』


「そっか……良かった」


 魔導コアを抜いたら、島が墜落するリスクがあるとは思ってたけど……本当に墜ちたら、笑い事じゃ済まないからね。


 そんな風に、ホッと息を吐きながら空を飛び、島の様子を見渡していると……ふと、領民達が私を見上げていることに気が付いた。


 なんだか、手を振っているような……?


「……?」


 なんだろう、と思いながら、私は領民達の近くにボロットを着陸させる。


 コックピットを開け、人々の前に顔を出すと──そんな私を、わっ、と凄まじい歓声が出迎えた。


「ルリス様だ!! ルリス様が戻ってきたんだ!!」


「杖鎧に乗っているぞ!? あんなの見たことない、まさか古代の……!?」


「じゃあ、あのでけえ島もルリス様が持ち帰ったってのか!? それで、この島を救ってくれたってのか!?」


「すげえ!! 何がなんだかわかんねえけど、すげえ!!」


「ルリス様、バンザーーイ!!」


 どうやら、島が墜落しそうになるという未曾有の危機を、私が救ってくれたんだと解釈してくれたみたい。

 ボロットの一風変わった外見も、古代の杖鎧ならこんなものかと勘違いしてるね。


 なら、私はこれ幸いと口を開く。


「はい!! 詳しい事情は省きますが、あの島は私が持ち帰った古代の空島……このフラウロス領を立て直す希望の光、“メビウス”です!!」


「希望の光……」


「メビウス……」


 誰もが、空に浮かぶメビウスの威容に目を奪われ、心を掴まれている。

 些細な疑問──ついこの前まで餓死寸前だった私が、どうしてこんなに元気に杖鎧に乗って演説しているのかとか、そんなことは誰も気にしない。気にする余裕がない。


 それくらい、島が墜落しかけるっていうのは大事件だから。


 だから──私なんかの言葉を、いともあっさり信じてしまう。


「メビウスがあれば、私達にもう怖いものはありません!! 必ずや、この地に永久の恵みをもたらしてくれるでしょう!! フラウロスに栄光あれ!!」


「「「うおぉぉぉぉ!! フラウロスに栄光あれ!!」」」


 死の恐怖から解放された反動で、歓喜に叫び、感涙に咽ぶ人々。


 そんなフラウロスの様子を見て、アイがポツリと。


『自分の手で招いた危機を、自分の手で解決する。マッチポンプで民衆の支持を得た気分はどうですか? マスター』


「……最悪ね!!」


 人から称賛されるのも、ちやほやされるのも本来嬉しいことのはずなのに、今の私はただただ申し訳ない気持ちで一杯だ。


 たとえマッチポンプだろうが何だろうが、今後のことを思えば、その勘違いを利用して扇動するしかないって分かってるからこそ、余計に。


「なんだか、稀代の悪女にでもなった気分……」


『おや、違うのですか?』


 ……ちょっとくらいオブラートに包んだり、慰めたりしくれてもいいんじゃない? 私、そろそろ本当に泣くよ?

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