第8話 漢女技師

 古代の空中要塞メビウスを手に入れ、ついでに意図しないマッチポンプによって領民からも絶大な信頼を得ることが出来た。


 けれど、忘れちゃいけないのは……私の目的が、あくまで借金返済にあるってことだ。


 つまり……。


「お腹……空いた……」


「フラウロス家に残っていたお金は、ほぼ全てボロットの整備に使ってしまいましたからね。どうぞ、お食事です」


 フラウロス家の屋敷にある、今や私のものとなった執務室。

 机に突っ伏した私の前に置かれたのは、もはや豆すら入っていない塩のスープだった。うへえ。


「うぅ、早くちゃんとしたお肉が食べたいよぉ」


 ごくごくと塩スープを飲み干しながら、私は思わずそう愚痴る。


 すると、傍にいたミアが申し訳なさそうに目を伏せた。


「……でしたら、私の分の食費をご自分に使えば良いと思いますが。何もルリス様だけひもじい思いをなさらなくとも……」


「それはダメ。信賞必罰は組織の基本よ、頑張ったミアと技師の人には、せめて衣食住はしっかり提供する義務が私にはあるの」


 私の保身のために始めた計画のために、ミアは命懸けで頑張ってくれたし、技師の人は魔導コアをギリギリまで持たせるっていう大役をこなしてくれた。


 なら、せめて食事くらいはちゃんと提供しないと……ね。


『そうでなくとも、マスターには現在家臣と呼べる人間がほぼいないようですからね。この上食事を抜いて逃げられたら、いよいよ貴族としての体裁すら失うでしょう』


「それなのよ……」


 私の家臣は、現在たったの三人。

 一人はミア。私を性的な目で見てくるロリコンの変態メイド。


 もう一人は、祖父母の代からこの家に仕えてるっていう庭師のお爺ちゃん。もうボケ始めてるらしくて、こんな状況になっても逃げ出さないというよりは、そもそも状況が分かってないんじゃないか、とのこと。


 そして最後の一人が、コアの監理業務を行っている、魔法技師の男。


 なんでも、「私がここから逃げ出したら、誰がこの島を支えるんだ?」と言って、今も残ってくれているらしい。


 それを聞いた時、何このイケメンカッコいい、って思ったね。


 私の作戦も、それがフラウロス領のためになるなら、と渋々ながら了承して手伝ってくれたみたいだし……本当に、頭が上がらない。


 私もコアの操作くらいなら出来るけど、整備や修理、製造となると全く技術も知識もないからね。この人に逃げられたら終わりだ。


「取り敢えず、次の計画でも技師の人には手伝って……というか、ガッツリ協力して貰わないといけないから、ちゃんと挨拶に行かないとね」


「……本当に行くんですね」


「何度もそう言ってるでしょ?」


 ミアは、なぜか私が技師の男と会うのを頑なに避けようとするんだよね。


 理由を聞いても「教育に悪い」としか言わないし、さっぱりわからない。


「とにかく、案内して」


「……承知しました」


 渋い表情のミアに連れられ、向かった先は屋敷の地下深く。

 魔水からの魔力供給を受けて稼働するエレベーターみたいなので降りていくと、メビウスに突入した時に見たのとよく似た空間──コアルームに到着した。


 二つの巨大な魔導コアは、どちらも修理と整備の真っ最中。不気味なくらい静かで、ちゃんと直るのか少し不安に駆られてしまう。


 けれど、そんな私の不安を吹き飛ばすくらい頼もしい背中が、コアのすぐ側で立ち上がった。


「来たのね。あなたが、フラウロス家の新たな当主……ルリス様ね?」


「え……あ、はい」


 聞こえて来た声に、私は小さな違和感を覚えた。


 声質は間違いなく野太い男のそれなんだけど、口調がちょっと……女の人っぽいというか──


「待っていたわぁん!! んもぅ、ワタシこーんなに頑張ってるのに、このまま挨拶にも来てくれないんじゃないかって心配しちゃったじゃなぁい!!」


「……へ?」


 薄暗いコアの下から現れたのは、間違いなく筋骨粒々の大男だ。

 盛り上がった筋肉で作業服はパツンパツンに引き伸ばされ、胸元は大きくはだけて逞しい大胸筋が露わとなっている。


 一方で、その顔面は徹底的にムダ毛が処理されてつるりと輝き、大柄な肉体と不釣り合いな小さく可愛らしい三つ編みが二つ、ピンクのリボンと共に垂れ下がっている。


 唇には深紅の口紅、指先にはマニキュア、そしてその喋り口調。


 一部の要素だけ取り上げれば女性的な、しかしビジュアルは間違いなく男性という謎の存在に、私は完全に頭が真っ白になる。


「うふふ、話には聞いていたけれど、本当に可愛らしいお嬢様ねぇ、お人形さんみたいだわ。ぎゅってしてチューしてあげたくなっちゃう」


「それ以上ルリス様に近寄らないでください、変態」


 凄まじい勢いで迫ってきた男……男? の前に、ミアが立ちはだかる。


 それに対して、男は大して動じた様子もなく答えた。


「あら、変態だなんて酷いわねミアちゃん。ワタシはあなたみたいに、嫌がる相手にセクハラはしないわよ?」


「私はルリス様に嫌がられてなどいません。照れておられるだけです。よって変態はあなただけです」


「いや、普通に嫌がってるから」


 何を言ってるのこの変態メイドは。


 けど、お陰でフリーズしていた頭が再起動できたから、改めて私はミアに尋ねた。


「それで……この人が?」


「はい。この男が、フラウロス家の専属魔法技師……グレイ・ドルトムントです」


「男じゃなくて、漢女おとめよ、オ・ト・メ。グレイちゃん、って呼んでね?」


 んまっ、と指先で投げキッスを飛ばしながら自己紹介する男……もとい、漢女に、私は若干リアクションに困った。


 いや、うん……別に、家臣の趣味がどんなだろうと構わないんだけど……。


 ……うちには一人も一般人はいないの!? 常識枠は私だけ!?


『これが、類は友を呼ぶ、というやつでしょうか。マスターの周りには変わり者ばかりですね』


「さらっと私を変人扱いしないでくれる?」


『若干十歳で飛行船に乗り、魔物が蔓延る空島に乗り込み、あまつさえそれを島ごとひっくり返そうとした人間が、変人でなくてなんだと言うのですか?』


「…………」


 何も言い返せない……。


「まあいいわ。グレイ、私はルリス・フラウロス。新しくフラウロス家の当主になった人間よ。その上で、あなたには心から感謝しています。この家に残ってくれたこと、そして私が帰ってくるまでこの島を守ってくれたこと、本当にありがとう」


「むふふ、ワタシは自分の職務を遂行しただけよ。気にしないでくださいませ、お嬢様」


 何ならミアよりも優雅じゃないかってくらい完璧な所作で、グレイがその場に膝を突き、臣下の礼を取ってくれる。


 うん……見た目と言動以外はすごくまともな臣下ね。見た目と言動以外は。


「本当は、もっとしっかりと労ってあげたいところなんだけど……家の状況はまだ逼迫しているの。だから、あなたにはもう一つ、すぐにでもやって貰いたい仕事がある」


「それは理解しているわ。けれど、ワタシも島のコアを修理するので手一杯だから、すぐには動けないわよ?」


 魔導コアのサイズは、直径六メートル近くもある。

 そんな巨大なものをたった一人で修理してたら、そりゃあ手一杯にもなるだろう。


 でも、問題ない。


「大丈夫、人手はこちらで用意するわ。アイ」


『了解』


 アイの反応と同時に、足元に大きな魔法陣が現れる。


 そこから出現したのは、二十体の精霊──例の騎士タイプとはまた別の、技師タイプとでも言うべき存在だった。


『必要な道具を自力で生成し、指示された通りの仕事を忠実にこなす技師精霊です。手足として使うには十分な性能を有しているはずなので、活用してください』


「……驚いたわ。これが、お嬢様が手に入れたっていう古代の空島の力なのね……」


『島の名はメイビス。そして、私はマスターによって“アイ”と名付けられたメビウスの管理精霊です。よろしくお願いします』


「ええ こちらこそよろしく、アイちゃん」


 アイの力に驚きながらも、グレイは問題なく精霊達を受け入れてくれた。


 そのことに、ひとまず胸を撫で下ろす。


「これだけいれば、二日もあれば修理も全て終わると思うわ。それで、ワタシに何をして欲しいのかしら?」


「メビウスに使われている魔導コアを解析して、複製品を作れるようになって貰いたいの。それそのものじゃなくて、量産しやすい廉価版の設計と製造が出来るようになるのが望ましいわね」


「……いくらワタシでも、古代魔法ロストマジックの産物なんて作れないわよ?」


「そこをなんとかお願いしてるの。ちょうどここに、その古代魔法の知識を大量に持ってるアイがいるわけだから、色々教えて貰うといいわ」


 古代魔法がなぜそう呼ばれているのかと言えば、現代ではもはや再現不可能と判断されたからだ。


 でも、アイの考えによれば、失伝している技術について正しい知識を得ることが出来れば、現代人でもある程度は古代魔法を再現出来るだろうとのこと。


「グレイ。あなたには、現代唯一の古代魔法技師ロストエンジニアになって欲しいの。期待してる」


 私の命令に、グレイはあんぐりと口を開けたまま固まってしまう。


 ……ちょっと、無茶振りが過ぎたかな?

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