第9話 家臣達の想い
「……意外ですね」
まだやることがある、と言って、ルリスがコアルームから出ていった後。
コアの整備に戻ろうとするグレイに、ミアが声をかけた。
「意外って、何がかしら?」
「あなたが、ルリス様に手をあげなかったことです。一発殴らせろ、くらいは言い出さないかとヒヤヒヤしていたのですが」
「あら、あんな小さな女の子を殴ったりなんてしないわよ、心外ね」
ただ、と、グレイは目を細める。
つい先ほどまで、ルリスの前で見せていたものとは全く違う、険しい表情を。
「コアを抜いたのが、ただの考えなしの行動だったなら……ただじゃ済まなかったけど」
グレイは、長い間この場所でコアを整備してきた人間だ。当然、その片方を外して一つだけで無理矢理稼働させた場合、あまり長期間持たないだろうことは簡単に想像がついた。
それでもなお、ミアの説得に折れたのは、グレイ自身半ば自棄になっていたからだろう。
当主が出奔し、先のない家。
島の権利も方々の貴族に売り渡され、彼が必死に守ってきたコアもまた、遠くないうちに失われてしまう。
そんな状況を変えるために必要なのだと言われてしまえば、グレイも強くは否定出来なかったのだ。
彼にとって、ここは唯一の居場所だったのだから。
「でも、お嬢様はやり遂げた。本当に新たな島を手に入れるのみならず、ワタシの仕事に感謝し……あまつさえ、期待すらかけてくださったわ。こんなことは初めてよ」
グレイは、性自認こそ女性でありながら、油の中で機械を弄るのが好きという難儀な性質を持っていた。
どこへ行こうと趣味の合う人間などおらず、技師としての技量がどれほど優れていても、こんな奇妙な人間を雇ってくれる物好きはいない。
フラウロス家に流れ着いたのも、あくまで方々をたらい回しにされた結果、安月給で済むなら誰でもいいという前男爵の思惑と合致した結果に過ぎない。
だが、ルリスだけは違った。
グレイの言動や出で立ちに困惑しながらも、忌避や嫌悪といった感情は浮かべない。
ただ、一人の技師として。性別など関係なく、「期待している」と、そう言ってくれたのだ。
これに応えなければ、“
「というか……それを言うなら、あなたがあのお嬢様にそこまで入れ込んでいるのも意外なのだけど? 可愛がっていたのは知っているけれど、当主としてすらそこまで推すなんて」
「当然でしょう? ルリス様こそ、私が求めた唯一無二の主です」
「アナタにそこまで言わせるとはね。元、王宮近衛侍女のお眼鏡に叶ったと知れば、お嬢様も鼻が高いでしょう」
「いつの話ですか……第一、私は見習いで追い出された身ですから、正式に近衛侍女となったわけではありません」
ミアは、本来であればフラウロス家のような下級貴族の家でメイドをやっているような身分ではない。
ミア・アークライン──アークライン公爵家の三女であり、本来であれば王女お付きのメイドになるはずだった女性だ。
しかし、彼女はあまりにも優秀だった。優秀過ぎた。
なまじ王女と同世代だったが故に、その優秀さが災いして溝が出来、周囲から孤立するのにそう時間はかからなかった。
そんなミアにとって、ルリスは理想的な主だった。
自身の才覚を隠す必要もなく、全力で仕えれば、その分の働きを認めて傍に置き続けてくれる。
教えたことはなんでも素直に吸収し、みるみるうちに成長していく幼気で真っ直ぐな姿は、見ているだけで心が満たされていくよう。
この人がいれば、もう他に何もいらない。
本気で、ミアはそう思っていた。
「この家に来たばかりの頃の、やさぐれたアナタを見たらお嬢様がなんて言うのか、気になるわね」
「やめてください。本気で殺しますよ」
王宮を追われ、行く宛もなく彷徨っていたミアを拾ったのは、たまたま夫婦で天空祭に来ていたフラウロス夫妻だった。
そこからは、グレイとほぼ同じだ。
衣食住の保証くらいしか出来ない底辺の待遇で良いならと、フラウロス家に仕えるようになり……前男爵のあまりにも杜撰な金銭管理と領地運営に呆れ果て、かなりイラついた日々を過ごしていたのだ。
ルリスが言葉を覚え、ミアに懐くようになるまでは。
「やーね、冗談よ、冗談。ワタシも昔のことはお嬢様に知られたくないし、お互い様よ」
「全く……言っていい冗談と悪い冗談がありますよ」
「そうね、ごめんなさい。ただ……あなたなら分かっているでしょうけど、気を付けなさいよ」
表情を引き締め、グレイはミアに忠告する。
この先、まず間違いなく訪れるだろう未来を。
「あんなふざけた性能の空島に、
「その場合、真っ先に狙われるのはあなただと思いますが……まあ、気を付けますよ」
踵を返し、ミアもまたコアルームを後にする。
最後に、一言。確かな決意を告げながら。
「ルリス様は、私が守りますので」
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