第17話 久しぶりの平穏
フラウロス家の屋敷にある、小さな庭園。
貴族としての最低限の品位を保つためだけに用意されたその場所で、私はのんびりとお茶を楽しんでいた。
「あ~……平和だわ……」
王宮からの徴税官がやって来て、今日で既に二ヶ月の時が過ぎている。
その間に、グレイが造り上げた魔導コアを搭載した試作機が完成し、契約を結んだアークマン子爵に支援物資として提供した。
整備のために毎月戻ってくる杖鎧と一緒に、その試験データと貸出料金が手に入る。
そして、試験データをコーンウェル侯爵家と共有したところ、その有意義なデータにいたく感激した侯爵から、追加の資金提供まで受けられた。
ほんの少し前は、明日のご飯にすら不安を抱くレベルだったことを思えば、こうしてゆっくりとお茶を嗜む時間があるだけでもとんでもない進歩だ。
やっぱり人類はお金があってこそ健康で文化的な生活が得られるんだよ。
『そのお金も、ほとんどが借りたお金なわけですが』
「アイ、ちょっとくらい私に夢を見させてくれてもいいのよ?」
『調子に乗って散財されても困りますので』
「そんなことしないよ、私を誰だと思ってるの?」
『少なくとも、ボロットの改修は無駄遣いの内に入ると思いますが』
「ボロットは私の相棒だからいいの。それに、そろそろ“天空祭”の時期だしね」
天空祭は、毎年秋頃に王都で開かれるお祭りのことだ。
名門貴族が一同に介し、今後一年の国の方針を決める王国議会──それに乗じて行われる、王国中の文化や技術の博覧会みたいなものだね。
食べ物、芸術、それに杖鎧や空島に利用される魔導コアや、魔力を込めると自動で魔法が発動する魔法陣などの技術の多くが一般公開され、庶民も混じって大騒ぎするの。
まあ、もちろん本当に技術の全てが公開されるわけじゃないんだけど……代わりに、天空祭で最大の目玉となるイベントがある。
“
これに勝てれば、来年本格稼働予定のうちの工場に箔がつくし、何より──
「杖鎧大武闘会の優勝賞金、そして裏で行われている優勝者を予想する賭博……!! 一攫千金の大チャンスよ!! これを掴めるなら、ボロットのアップグレード費用なんて大した出費じゃないわ!!」
『マスター、以前選択肢がないから博打に走るのだと言っていましたが、実は根っからのギャンブラーですよね?』
「そんなわけないでしょ。私は勝てると思ったからやるのよ」
一か八かなんてもう二度とやらない。
私は勝てる勝負に全力を注ぐの!!
「ボロットの見るからに雑魚キャラな外見ならレートも相当につり上がるだろうし、上手くいけば一気に借金が返せるわ!!」
『なんだかんだ言って、マスターもボロットのことをボロクソに言いますね』
あー聞こえなーい、聞こえなーい。
「ほっほっほ、楽しそうですのぉ」
アイと話し込んでいると、そんな私達に声をかける人物がいた。
このフラウロス家に残ってくれた家臣の、最後の一人。
庭師のおじいちゃん、ロバートさんだ。
「天空祭、懐かしいですわい。ルーリエ様とは、何度も一緒に行きましたなぁ」
「ロバートさん、私はお母さんじゃないよー」
「おっと、失敬失敬、歳を取るとどうにもすぐ名前を間違えていけませんな、セラ様」
「うん、それはお婆ちゃんだねー」
私のお婆ちゃんの代からうちに仕えてるご老体っていうこともあってか、未だに一度も私の名前を呼んで貰えたことがない。
まあ、それで困るってこともないから、特に気にしないんだけど。
「しかしルーリエ様、杖鎧の賭博はやめた方がいいですぞ。クリス様が散々に大穴狙いでお金を溶かしては、烈火のごとく怒っておったではないですか。忘れましたかな?」
「えぇ……お父さん、そんなことしてたの……?」
『親子ですね』
「アイ、ちょっと後でじっくり話し合おうか」
あのポンコツな父親と私を同類扱いしないでくれる?
「まあ、そもそも賭博というものはですな、胴元が常に儲かるようになっていて、稼ぐよりも失うものの方が多くなるように……つまり……」
ロバートさんの、それはそれはながーい説教が始まった。
いやうん、言いたいことは分かるよ? でも、杖鎧大武闘会は自分で参加して戦えるんだから、勝つ見込みがあれば大丈夫だと思うの。
「賭博よりも、
「…………」
食文化展覧会は、各領地の名産品を持ちより、無料で来場者に振る舞うイベントだ。そして、集まった名産品の中で一番美味しかったものに、これまた賞金が出るっていうもの。
要するに、タダ飯にありつけるイベントなのだ。
そういえば、杖鎧大武闘会と食文化展覧会って、開催する日が丸被りなんだっけ……。
……べ、別に、全然揺らいでなんてないもん。たった一日の食べ放題と、今抱えてる借金の返済なら、絶対に後者の方が優先だもん。
だからお願い、ロバートさん。
それ以上、食べ放題の感想語りで私を惑わさないで!!
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