第11話 スポンサー交渉

「これはこれは、フラウロス男爵、よく来たね」


 飛行戦艦に乗って、コーンウェル侯爵領の中心部にあるお屋敷にまで案内された私は、そこで侯爵からの歓待を受けていた。


 テーブルの上に並べられた、豪華絢爛な料理の数々。

 ずらりと居並ぶメイド達も、年若い子が多い割にはしっかりと教育が行き届き、一糸乱れぬ立ち姿で壁際に控えている。


 屋敷そのものも大きく立派で、飾られた調度品も信じられないくらい高級で品のあるものばかり。


 ……これは、侯爵なりの意趣返しなのかな?

 私がメビウスで乗り込んだことに対しての。


「はい、急な訪問にも係わらず、このように手厚い歓迎をありがとうございます」


「何を言う、男爵はもうじきこの家の一員となるのだからね。これくらいは当然のことだ」


 うーん、思いっきり牽制されてるなぁ。


 前評判から、ただの変態ロリコンジジイなんだろうと思い込んでいたんだけど、こうして対面してみると随分印象が違う。


 シワ一つなくビシッと決まった紳士服。

 既に六十歳近い年齢のはずだけど、それを感じさせないほどに細く引き締まった肉体に、好好爺然とした優しい笑み。


 その癖、瞳だけは全く笑わず、私の真意と手札の全てを読み取らんと鋭い輝きを放っている。


 ……これが、巷では幼女好きの変態と呼ばれながらも、魔物の脅威から長年王国空域を守り続けて来た護国の盾、アルドナ・コーンウェル侯爵か。


 ただの変態なら、適当に媚びを売るだけで話が纏まってくれたりしないかな……なんて淡い期待を抱いていたけど、これは無理そうだ。


 相手は海千山千の大貴族、それも、既に私の心臓に手をかけられた不利な状況での交渉。


 気合い入れないと、一瞬で喰われるね。


「そのことで、話があって来たのです。私の購入話、白紙に戻して頂けませんでしょうか?」


「ほう? しかし、その話は既に君のご両親と契約を済ませ、金まで払い終えている。それに、君にとっても悪い話ではないと思うがね? この通り、我が家には随分と余裕があるのでな、フラウロス領で当主を続けるより、よほど贅沢な暮らしが待っているよ」


 その代わり、夜は“そっち”の意味で自由がないんでしょ、知ってるよ!!


「確かに、侯爵家の財力には驚かされます。ここで暮らせたらどれほど幸せだろうかと、幼心に思うのも確かですが……私は、“フラウロス”です。父と母が果たせなかった役割を、領民達を守り豊かにするという責務を、放り出すわけには参りません」


 本音を隠し、堂々と貴族としての建前を垂れ流す。

 まあ……領民からは意図せず多大なる期待を寄せられちゃってるし、それに応えたいって思いもあるんだけどね。


 私にとって、一番大事なのは自分自身だ。自分が気持ちよく生きられるかどうかが全て。


 そのためなら嘘も吐くし、命も懸けるし──心にもない言葉だって、いくらでも口にするよ。


 私は、ただのか弱い幼女だからね。


「それに──侯爵閣下にとっても、私とは“家族”になるより“お友達”でいてくださった方がより大きな利益になると思います」


「ほう?」


「あの空島を動かしている力、ご興味はありませんか?」


 僅かに間が空き、侯爵がお茶を口に含む。

 表面上は平静を装っているけど、私が切った手札に心を落ち着ける時間を欲したことは明らかだ。


「そうだな、空に浮かぶだけならまだしも、自在に移動し……あの出力で魔法を放つ砲台まで備えた島など、私の長い人生でも初めて目にした。古代魔法ロストマジックの産物、その歳でよくぞ手に入れたものだ」


「私の父が、目撃情報を残してくれていたお陰ですよ」


 たかが信号弾にわざわざメビウスの副砲を使った意図を、侯爵はちゃんと理解してくれていたらしい。


 侯爵家が総力戦を挑んできた場合はどうなるか分からないけど、先の守備隊一つくらいなら“今の”メビウスでも単独で殲滅出来る力がある。


 それほどまでに、メビウスが搭載している魔導コアの出力は桁外れだ。


「私は現在、あの島──メビウスに搭載している魔導コアを量産するための技師を育成しております」


古代魔法技師ロストエンジニアの育成……? 出来るのかね?」


「もちろん。勝算があり──既に結果が出ているからこそ、申しております」


 メビウスから持ち出した通信魔法端末をテーブルに起き、アイに指示を出す。


 そして、遠くフラウロス領から送られてきた一つのデータを、私と侯爵の間に投影した。


「これは……!?」


「メビウスを参考に設計した、新型魔導コアの設計図です。本体にはまだ及びませんが、従来の同サイズのものと比べて二倍の出力は出せるでしょう」


 堂々と語りながらも、私は内心で心臓がバクバクしていた。設計図の完成、ギリギリ間に合って良かった……って。


 正直、侯爵が噂通りのただの変態バカだったら、これを見せるつもりはなかった。


 メビウスに残ってる予備のコアを──整備が出来なければ、向こう数年ですぐにダメになるであろう使い捨てのコアと、私の権利とをトレードして、すぐに帰るつもりだったの。


 でも、侯爵はただの変態バカではなく、先を見据えて交渉出来る“貴族”だった。


 なら、私ももう一歩踏み込んで、本気の商談を仕掛けられる。


「この設計図でさえ、まだ試作品です。目指すところはまだ先にありますが……それを為すためには、資金が足りません。侯爵様、私のスポンサーになって頂けませんか?」


「共同開発というわけか。なかなか良い目の付けどころだが……それだけではな。私は君を手放さず、内に抱え込んでしまう方がメリットは大きい」


 確かに侯爵の言う通り、メビウスの価値が高ければ高いほど、それを所有する私の価値も高くなる。


 その私を手に入れる権利……より正確に言えば、私の“親権”を買い取った侯爵からすれば、わざわざフラウロス家を残してまでスポンサーの立場に留まる理由がないのは確かだ。


 でも、甘いよ侯爵様。


「残念ですが、それは不可能です。私は、メビウスを私個人ではなく、王宮に申請しましたので、私がコーンウェル侯爵家に入った瞬間、相続権を失って王家に接収されます」


「なっ……なんだと!?」


 私の言葉に、侯爵は初めて動揺を露わにした。


 現在、フラウロス家は私が取り仕切り、私が実権を握っている。それは間違いない。


 けれど、まだ正式に王家に認められたわけじゃないので、公的にはお父さんが男爵で、私は男爵令嬢だ。


 そんな私が、フラウロスの名を失いコーンウェル家に入った場合、両親ともに失踪したフラウロス家は消滅、売買や譲渡の契約が済んだもの以外は、全て王家に権利が移る。


 つまり、コーンウェル家がメビウスの恩恵を受けようと思えば、私の親権を手放し解放する以外に道はないのだ。


「なるほど、なるほど……これは、一本取られましたな」


 わざわざ守備隊長に宣言してまで“男爵”として交渉に臨みながら、平気で“男爵令嬢”としての立場まで利用する。


 そんな私の二枚舌に、侯爵はむしろ嬉しそうに笑った。


「いいでしょう、。あなたの提案通り、親権の譲渡契約は破棄し、スポンサー契約を結びましょう」


「ありがとうございます、侯爵様」


 “男爵”ではなく“お嬢ちゃん”扱いするというささやかな意趣返しを軽く聞き流しながら、私はにっこりと笑みを浮かべる。


 そんな私に、侯爵は「ああ、そうだ」とふと呟いた。


「契約を破棄した以上は、支払ったお金は返していただきますよ。スポンサーの件に関しては、それはそれ、ですからな」


「……もちろん、分かっていますよ?」


 計画通り。完全に、私の計画通りに事が進んだ結果……借金が増えた。


 少し考えれば分かるごく当たり前の流れなのに、すっかり頭から抜け落ちてたよ。


 そんな、あまりにも理不尽な現実を前に、私は膝から崩れ落ちるのを堪えるので精一杯だった。


 ……私、いつになったら借金返せるんだろう? ぐすん。

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