第14話 出稼ぎ出張

 アークマン子爵家。

 特別良質な土地を持っているわけでもなく、特別優れた指導者を擁しているわけでもないが、フラウロス家のように目を覆いたくなるような問題を抱えているわけでもない。良くも悪くも、普通の家。


 そんな彼らの運命を一変させ得る出来事が、つい昨年起こった。


 有用な資源地帯となり得る、巨大な空島を発見したのだ。


 これを手に入れれば、間違いなく王家から伯爵位を賜ることが出来るだろう。


 義務も増えるが、その分より多くの権力を得、王都で開かれる王国議会への参政権さえ手に入るのだ。


 しかし、その目的を達成するにあたって、厄介な障害が立ち塞がった。

 島の大きさに比例するように、強大な魔物達が多数蔓延り、子爵家が立ち入る隙がどこにもなかったのだ。


 子爵家が持つ兵力では、到底浄化など不可能。しかし、下手に上級貴族の介入を許せば、島の権利ごと纏めて持っていかれるだろう。


 とくに厄介な魔物に絞って懸賞金をかけてもみたが、大貴族からすればそんなものは端金だ。動く理由にはなり得ない。


 そして、その程度の金に目が眩むような立場の者に、コカトリスを始めとした魔物達を討伐する力などあろうはずもない。


 このままでは、せっかく見付けた島の浄化優先権が失われ、成り上がりのチャンスを逃してしまう。


 どうすれば良いのかと、ほとほと困り果てていた子爵の下に、一本の連絡が届いた。


「何? フラウロス男爵家が、魔物の討伐を請け負っただと?」


「はい。これから乗り込むので、許可が欲しいと」


 その一報を聞いたアークマン子爵は、大きな溜め息を溢した。よりによって、あの家かと。


 子爵の知るフラウロス男爵は、夢見がちなお調子者。騙されやすく、簡単な儲け話にすぐ飛び付く愚か者といった具合だ。


 アークマン家と比べてすら話にならないほど貧乏な家が、どうやってあの島の魔物達を討伐するというのか。呆れて物も言えなかった。


「分かった分かった、好きにさせておけ。何も出来んとは思うが、一応は規則通り案内役を付けておけよ」


「かしこまりました」


 子爵の指示を受けた執事が、連絡のために部屋を後にする。


 それを見送った子爵は、葉巻をふかしながら再度溜め息を溢した。


「そろそろ、潮時かもしれんな……優先権を失うくらいなら、島の権利をほとんど奪われるとしても、侯爵家あたりに救援を要請すべきかもしれない」


 いっそ、フラウロスが魔物を駆逐してくれれば話は早いというのに。と、ありもしない空想を思い描きながら窓の奥に見える空を眺める。


 この空の向こうに見付けた、アークマンの新たな島。

 伸ばせば手が届くかに思えた栄光は、実際には遥か遠く、目視すら不可能なまでに隔たりがあった。


 世の中、やはりそう上手くは行かないものだ──そう、少しばかり黄昏ていると。


「ほ、報告します!!」


「なんだ、騒々しい」


 先ほど出ていったばかりの執事が、大慌てで戻ってきた。


 何事かと問う子爵に、執事は普段の礼儀も忘れて叫んだ。


「ふ、フラウロス男爵が、空島に巣食っていた魔物を……コカトリス以下十体の手配魔物ネームドを全て討伐したと!!」


「…………」


 その内容を聞いて、アークマン子爵は理解が追い付かなかった。


 たっぷりと時間をかけ、執事が口にした言葉の意味を吟味して……顔をしかめる。


「おいおい、それは冗談にしても出来が悪いぞ。どうせやるならもっと笑える冗談にしてくれ」


「じょ、冗談ではありません! 間違いなく討伐されたと、連絡員から連絡が来たのです!!」


「……本気で言っているのか? これでドッキリだとか言い出したら貴様打ち首にするぞ?」


「いえあの、私は届いた連絡を繋いだだけですので、間違いだった場合は連絡員の方をお願いします」


 執事も半信半疑だったのか、さらりと同僚を売って自己保身に走った。


 その言動を見て、少なくとも目の前の男は嘘をついていないと子爵は判断を下す。


「とにかく、本当かどうかこの目で確かめに行くぞ!! 飛行船を出せ!!」


「かしこまりました!!」


 大慌てで飛行船に乗り込んだ子爵は、件の島がある空域へと向かう。


 しかし、その島の上空に全く別の“島”が浮いているのを見て、飛行船の中でひっくり返ってしまった。


「な、なんだあれはぁ!?」


「ふ、フラウロス男爵が手に入れた、移動式の空島……らしい、です」


「い、移動!? 島ごとか!?」


「そのよう、です……」


 常識的にはあり得ない光景に、子爵の頭は混乱する。


 そんな中、当の“動く空島”から通信が入った。


『初めまして、子爵。私、フラウロス男爵家当主、ルリス・フラウロスです』


「ルリ、ス……? クリスではないのか?」


『父は出奔しましたので、現在は私が当主です』


 出奔したのか、と思わぬ情報に驚きつつも、妙な納得感があった。


 何せ、相手はお調子者だった元男爵が周囲に吹聴しまくっていた、“フラウロスの神童”だ。


 喋るよりも早く文字の読み書きをマスターしていただの、領内の収支計算を三歳でやってのけただのと、信じがたい話ばかり聞いていたが……本当のことだったのかもしれないと、子爵は考えを改める。


 そして、そんな自分の予想は間違っていなかったと、ルリス・フラウロスと直接対面した子爵はすぐに思い知ることになった。





「……なるほど、間違いなく、私が懸賞金をかけていた魔物の一部ですね」


「はい、当然です」


 アークマン子爵の飛行船に、堂々と乗り込んできたルリスとの対談。まず始めに行われたのは、救援内容となっていた手配魔物ネームド討伐の確認と、その報酬についてだ。


 コカトリスの尾や、ゴブリンキングの角。グレーターオーガの指など、討伐証明部位として認定されている素材の提示や案内人の証言もあり、間違いなく討伐されたと確認が取れた。


 その上で、子爵は冷や汗を流しながら口を開く。


「こうも一気に討伐されるとは考えていなかったので、報酬の用意には少々時間が必要だ。それでも構わないだろうか?」


「構いませんよ。代わりに、私からも一つ提案をさせて頂いてよろしいでしょうか?」


「提案、ですか?」


「はい。今後の浄化作業を、我がフラウロス家から正式に支援するというのはどうでしょうか?」


 やはり来たか、と、アークマン子爵は臍を噛む。


 浄化が完了した島の権利は、間違いなく優先権を持つ子爵の下に帰属する。

 が、肝心の浄化作業で他家の力を借りすぎれば、島の権利や資源の用途について、かなりの利益を持っていかれるのが常だ。


 ──まさか、手配魔物を全てこの短時間で討伐されるとは。他に打つ手がなかったとはいえ、油断した。


 これほどの協力を得た以上、既に子爵はルリスを無碍になど出来ない立場だ。

 そんな彼女から更なる協力の申し出をされれば、断るのも難しい。


 どうする、と悩む彼に、ルリスは天使のような愛らしい笑みで言葉を重ねた。


「心配なさらなくとも、私は島の権利について何も要求するつもりはありませんよ。統治権も、開拓や資源の採掘権についても、全て」


「な、なに? それは本当か?」


「もちろんです」


 ニコニコと笑う姿は人形のようで、弁舌で相手を刺し殺す貴族にはとても見えない。


 しかし、なぜだろうか。

 アークマン子爵には、ルリスが慈愛の天使などではなく、死神の鎌を隠し持つ地獄の使者のように見えてしまう。


「フラウロス家が行う支援は、杖鎧ロッドギアの貸与です。あの島……メビウスを参考に造られた、新型の魔導コアを搭載しています。間違いなく、現在王国に存在する全ての杖鎧を凌ぐ性能を発揮してくれることでしょう」


「っ……!!」


 散々苦労させられた魔物達を、ものの数十分で討伐せしめた規格外の島。

 その技術を流用して造られた杖鎧があれば、今後の浄化作業は間違いなく一気に進むだろう。


「……何が、お望みで?」


「新型なので、我が家としても実戦データを得られる機会が欲しいのですよ。そちらの魔法使いから、使用感や改良点などのフィードバックを得られれば、私は十分です。あ、もちろん貸出料金や、メンテナンス費用は頂きますよ?」


「……なるほど」


 新型杖鎧の性能試験をするための場と、実際に使用感を試してくれるテストパイロットとなる魔法使い。それが少女の狙いらしい。


 その程度であれば、新型杖鎧を一時的にしろ融通して貰えるメリットの方が大きい。

 アークマン子爵は、そう判断した。


「良いでしょう。それでは正式に、我がアークマン子爵家はフラウロス男爵家に支援を要請します」


「ふふふ……交渉成立、ですね」


 小さく幼い少女と握手を交わし、にこやかに笑顔を向け合う。


 そんな最中でも、子爵はなぜか冷や汗が止まらなかった。


 まるで、死神の鎌が喉元まで突き付けられているような感覚に、彼は何度も首を手で擦るのだった。

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