第15話 一難去ってまた一難

「いやー、大漁大漁! これだけあれば、当面の資金には困らないわね」


 メビウスの管制室。フラウロス領に帰る道すがら、私は高笑いと共に腕の中にある大漁の金貨が入った袋を抱き締めていた。


 懸賞金がかけられた、手配魔物ネームドの討伐。

 それを、アークマン子爵家が浄化作業中だった空島で行って来たのだ。


 ついでに、メビウスの力にビビっていた子爵に、新型杖鎧ロッドギアのテストがしたいっていう名目で貸し出しの契約まで結んだから、農地が復興して工場が軌道に乗るまでの資金調達もばっちりだし、新型機の試験費用も浮いた。


「我ながら、完璧な交渉だったね! 惚れ惚れしちゃう!」


『それを自分で言わなければなお良かったのですが』


 ご機嫌な私に水を差すのは、例によって口の悪い精霊型AI、アイだ。

 全くこの子は、いちいち細かいんだから。


「そんなことより問題は、契約が先になっちゃったせいで、期日までに貸与する杖鎧の製造が間に合うか怪しいところね。うん、出来そう?」


『マスターは、もう少し後先考えて行動することを覚えた方が良いと思います。……まあ、精霊技師とグレイがいれば間に合うでしょうが』


「だって仕方ないじゃない、せっかくの商談チャンスだったんだから」


 杖鎧の貸与によって、私はお金と試験データを得られるわけだけど……それだけじゃない。


 既存の機体より、コアの出力からして格が違う新型機。そんなものを乗り回してテストした魔法使いが、貸与期間を過ぎたからって既存機に戻れるだろうか?


 まず間違いなく、機体の更新を求められるだろう。子爵がまともであればあるほど、現場の魔法使いからもたらされたその声に応えざるを得ない。


 そして──そんな新型機を製造出来るのも、整備出来るのも、古代魔法技師ロストエンジニアを擁するフラウロス家だけだ。


 子爵は今後、フラウロスの機体を超える杖鎧が開発されない限り、永遠に私に頭が上がらない金づると化すの。


「これぞまさに不労所得!! 素晴らしい響きだわ!!」


『グレイは働くので、不労なのはマスターだけです』


 アイがうるさいけど、それも気にならないくらい今の私は機嫌が良い。


 今までは、お金がないからほとんど何も出来なくて、博打みたいな一手を打ち続けるしか道がなかった。


 でも、お金があれば選択肢が広がる。やれることが増える。


 ああ、なんて素晴らしいの!! やっぱり世の中金よ、お金こそ正義なのよ!!


「ラブフォーマネー!! マネーオブジャスティス!!」


『テンションがおかしな方向に振り切れているところ悪いですが、マスター。一つ問題が発生しました』


「……今度は何?」


 せっかく良い気分だったのに、急に現実に引き戻された。


 何となく、非常に嫌な予感を覚えながら、私はこれでもかってくらいしかめっ面でアイに問いかける。


『フラウロス領に残っていたミアからの通信ですが、どうやら王宮の徴税官が来たようですね。島の測量を始めたと、報告が上がっています』


「うわぁ……もう来たの? 思ってたよりずっと早い……!!」


 徴税官は、その名の通り税金の取り立てを行う人のことだ。

 脱税していたり、その疑惑がある貴族の下へ向かって、収支報告のチェックや領地の測量を行い、申告内容に間違いがあった場合は容赦なく追徴課税だ延滞税だとか言って大金をふんだくるという、貴族達の嫌われ者にして、悪夢の代名詞。


 メビウスの所有申請をした時点で、いつかは来ると思っていたけど……まだ、半年くらいは余裕があると踏んでたのに……!!


「ミアには、出来るだけ測量を遅らせるように指示しておいて。ここでこれまでの脱税分に延滞税まで請求されたら、最悪メビウスを差し押さえられるわ。というか、間違いなくそれが狙いだと思う」


 コーンウェル侯爵家をはじめとした貴族達が、王家を警戒しつつ自分達の力を高めようとしているのと同じように……王家もまた、貴族達の反逆を防ぐため、自分達の力を高めようと躍起になってる。


 フラウロスなんて吹けば飛ぶような弱小貴族が、絶大な力を持つ空島を手に入れたと知れば、あれこれと理由をつけて奪い取ろうとすることは目に見えていた。


『いくら遅らせたところで、結果は変わりませんよ。どうするおつもりですか?』


「決まってるでしょ。何がなんでも誤魔化して、もう一回脱税するのよ」


『あまりにも堂々とした犯罪の宣言、流石はマスターです』


「それ、褒めてないよね?」


『褒めていますよ。世間的には悪い意味で、ですが』


 私だって、出来ればこんなことやりたくない。

 でも、脱税で散々私腹を肥やしたのはアンポンタンな両親なのに、娘の私と領民がその尻ぬぐいをさせられて未来を奪われるなんて、そんなのはごめんだ。


「とにかく、今回一度きりでいいのよ。工場が軌道に乗りさえすれば、追徴課税だろうが延滞税だろうが払ってやるわ」


『潔いようでそうでもない、微妙な覚悟ですね。それで、具体的にどうするおつもりで?』


「島を壊すの」


『……は?』


 ポカンと、アイがその小さな口を開けたまま固まってしまう。


 そんな彼女に、私は苦渋の表情と共に告げた。


「島を壊して、わ。メビウスの力ならやれる……やるしかないの! さあ、早く準備しなさい!!」

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