第5話 精霊との出会いと空中大回転

 空島の魔導コアは、強力な浮遊魔法によって島を空に浮かべているわけだけど……そこには、ちゃんと島を水平に保つための安定装置の役割を果たす魔法もある。


 それを機能停止させた上で、外縁部に埋め込んだフラウロス領の魔導コアで片側を無理やり持ち上げる。


 そうやって島をぐるんと空中で回転させるのが私の狙いだけど……やり過ぎれば、島が途中で空中分解したり、勢い余って墜落させかねない。


 だから、私は内部から直接この空島のコアを制御して、最悪の事態を回避する……つもりだったんだけど。


「何これ、見たこともないくらい高度な魔法で造られてる。うちの魔導コアとは大違いね……上手く制御出来ない……」


 ボロットから降りて魔導コアを調べ始めた私は、そこから感じる膨大なエネルギーに戦慄を覚えた。


 この空島、フラウロス領の半分程度の面積だし、良くて同じくらいの性能の魔導コアだと思ったのに……実際には十倍近い出力がある。


 しかも、中央にあるメインコア以外に、それ単体でこの島を浮かべて、魔水まで行き渡らせられるほどの出力を持ったサブコアが四つ、東西南北四方に配置されてるみたい。


 明らかな、過剰魔力。

 一体何を想定して、こんな設計の空島を造ったのやら。これじゃあまるで……。


「空島っていうより、空中要塞か何かみたい……っ!?」


 そんな風に思っていたら、突然メインコアルーム全体に真っ赤な光が灯り、アラームが鳴り響いた。


 何事!? と驚くのも束の間、私の周囲に無数の魔法陣が展開されていき──気付けば、青白く輝く光の騎士に取り囲まれていた。


 一斉に向けられる魔力の刃が、四方八方から私の首に突き付けられ、一歩も動けなくなってしまう。


「えっ……ええ……!?」


 魔物に襲われる可能性は想定していた。

 コアルームに魔物が入り込んでいた場合の対処法も考えていた。


 でも、流石にこれは想定外にも程がある。


「これって、もしかして精霊召喚魔法……!? とっくの昔に失われたっていう、古代魔法ロストマジックじゃ……!!」


『古代魔法……そのようなカテゴライズになっているのですね。学習しました』


「っ、誰!?」


 驚く私の前で、魔導コアが一際強く輝きを放ち──ふわりと零れ落ちた光が、小さな人型を成して私の前までやってきた。


「よ……妖精……?」


 黄金の髪と、蝶のような羽を持ち、ふわふわと浮かぶ小さな小人。

 その小人は、無機質な瞳をじっと私に向けながら、再度口を開いた。


『いいえ、私も精霊ですよ。この世界に定着して既に三百年以上経っていますので、ほぼ妖精と変わりませんが』


 魔力が結晶化し、明確な自我を得た純粋な魔法現象生命体──妖精。


 その体と成り立ちを研究して生まれた人工生命体が精霊だとされているけど、ここまで流暢に喋るだなんて……古代魔法の研究論文にも書いてなかったよ?


『しかし、まさか私を目覚めさせたのが、この島を落とそうとするテロリストとは。このような幼い少女を利用する辺り、彼らも堕ちたものですね』


「いや、違う違う!! 私は島を落とそうとしたわけじゃない!!」


『自覚なく悪夢の引き金を引いてしまうのは、子供にはよくあることです。今回は見逃して差し上げますが、二度とこのようなことは……』


「だから違うって!! 話を聞いて!!」


 このままだとマズイと思った私は、ここに来た経緯を説明することにした。


 家の事情。領内の状況。私の目的と、この島の現状まで含めて、全部。


『なるほど……確かに、この島は既に魔物によって完全に制圧されているようですね。どうやら、想定以上に長い間休眠状態にあったようです。忌々しい……いっそ、自爆して諸共に吹き飛ばしましょうか』


「それだと私も死ぬんですけど!?」


『大して変わらないでしょう。あなたの計画をそのまま実行に移したとして、私の計算では九十七%の確率であなたは死亡します』


 思ったよりだいぶ絶望的な数字だったよ!!

 いや、覚悟はしてたけどね!!


「それでも、ゼロじゃないなら挑む価値はある!! 何もしないで破滅するくらいなら、私は無謀に突っ走って砕け散った方が良いの!!」


 私がそう叫ぶと、自称精霊は小さく目を見開き……すぐに、元の無機質な目に戻った。


『あなたを形容するに相応しい言葉を、私は知っています。“バカ”ですね』


「誰がバカよ、これでも生きるために必死なの」


『生きるために死に急ぐとは、度しがたいほどに愚かです』


 何この精霊、めちゃくちゃ口が悪いんですけど。


『ですが……嫌いではありません』


 自称精霊がそう呟いた瞬間、私を取り囲んでいた光の騎士達が剣を納め、次々と消滅していった。


 驚く私に、精霊は相変わらず無機質に告げる。


『良いでしょう。あなたの案に少々の変更を加えれば、成功確率は五分五分にまでは向上可能。協力します』


「変更?」


『あなたに、この空中要塞“メビウス”の所有者マスター権限を譲渡致します』


 私の足元に新たな魔法陣が現れ、頭の中にこの“要塞”を動かすために必要な魔法が浮かび上がってきた。


 正直、あまりにも急展開過ぎて、理解が追い付かない。


「……いいの? ぶっちゃけ、私が不法侵入者なのは間違いないけど」


『あなたが人間である以上は私の守護対象であり、あなたの目的が魔物の掃討にある以上は、私の同志です。頭の出来が非常に、非常に残念ですが……他にマスターを任せられる人間がいない以上、仕方ありません』


 そんなに渋々感を出さなくてもいいじゃん。私泣くよ?


『それに……いえ、これは余計ですね』


 何かを言いかけて、精霊は口をつぐむ。

 気になるけど、下手に突っ込んでこれ以上悪口を言われたら本気で泣きそうだから止めておこう。


『それより、やらないのですか?』


「言われなくてもやるって」


 誤魔化すように急かす精霊に背中を押され、私は再度メインコアに手を翳す。


 すると、さっきまでと違い、メインコアだけでなく他にある四つのコアまで含めて、しっかりと制御出来る手応えがあった。


 うん、これなら行けそうだ。何なら、フラウロス領から持ってきた魔導コアがいらなかったくらい。


「あ、そうだ。ねえ、あなたなんて名前なの?」


『……名前? 私はこのメビウスを管理運用するマスターを補助するために召喚された、ただの精霊です、決められた名称はありませんので、ご自由にお呼びください』


「へー……じゃあ、アイで良いかな?」


『アイ……?』


「役割がAIみたいだから……って言っても分かんないか」


 首を傾げる精霊──アイを見て、私は微笑む。


「どうなるか分からないから、今のうちに伝えとくね。協力してくれてありがとう、アイ」


 さっき、アイは協力してもなお五分五分だって言ってた。なら、感謝の言葉を伝えるなら今しかないだろう。


 実の両親にすら裏切られた私にとっては……たとえ嫌々だろうと、アイが私に託してくれたこと、凄く嬉しかったから。


『……そういうことは、成功してから言ってください。でないと、“フラグ”になりますよ』


「フラグって言葉は知ってるんだ? そういう話も、もっとしていきたいから……頑張って、生き残ろうね!!」


 そう叫ぶと同時に、私はコアの出力を弄り、空島──メビウスを回転させ始めた。


 半端な速度じゃあ魔物は振り落とせないだろうから、少しずつ速く、大きく。出来るだけ、魔物が飛んでいくように。


 まあ……当然ながら、そんなことをすれば、コアルーム内にいる私も派手にシェイクされるんだけどね。


「きゃあああ!?」


 天地が入れ替わる。視界が回る。私の小さな体が、どこかへ飛ばされそうになる。


 魔法で体を固定して、どうにかそれは防ぐんだけど……振り回されるのは、私だけじゃない。


 特に、私がボロットで砕いた壁や岩の残骸が、凄いスピードで部屋中を跳ね回り始めた。


 やばっ、それは考えてなかった!!


『精霊よ、コアとマスターを守りなさい』


 そんな岩鉄の雨から、さっき一度見た青白い騎士達が盾になって守ってくれる。


 ホッと息を吐くのも束の間、アイが叫んだ。


『早く止めてください、これ以上はメビウスそのものが空中分解します』


「わ、分かった……!」


 一度勢いがついたら、止めるのも大変だ。

 急停止し過ぎたら慣性が働いて島ごと壊れるし、過負荷によってコアがオーバーフローを起こすかもしれない。


 そんな繊細な出力制御を、私自身も振り回されながらやらなきゃいけないというのは、めちゃくちゃ大変だ。頭が焼き切れそう。


 それでも、やるしかない。


 ゆっくりと、確実に速度を緩めて、メビウスを止め──やがて水平に戻ったところで、私はぺたんとその場に崩れ落ちた。


『メビウス、施設損耗率、約四十%。魔物の生体反応、九割喪失。残りは精霊で十分に対処可能と判断します。……お疲れ様でした、マスター』


 アイからの労いの言葉を聞いた私は、どちらが上かも分からないくらい目を回したまま、高々とピースサインを掲げるのだった。

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