第4話 空島にやってまいりました
「ねえ、ミア」
「なんでしょうか、ルリス様」
「いや、その……この飛行船、小さくない?」
私の体力の回復を待ってから、すぐに飛行船で大空へと飛び立った……はいいんだけど、その飛行船が想像以上に小さかった。
一言で言えば、空飛ぶヨットだ。
いくら空島用の魔導コアと二週間分の食料、それからもう一つ大きな荷物を積載してるからって、私とミアがほぼ密着してないと乗り込めないってどうなの?
「フラウロス家の船ですから、こんなものです。本当はもう少し良いものもあったのですが、ご両親が夜逃げに使いました」
「ほんとロクなことしないねあいつら」
見付けたら、私が返済させられた金額全部あいつらに請求してやる。
「まあ、いいではありませんか。お陰でこうして、誰もいない空の上で二人きりなのですから」
「ちょっ、こら、どこ触ってるの!?」
「それはもちろん、ルリス様の可愛らしいお……」
「言わなくても分かってるわよ!! なんで触ってるのかって聞いてるの!!」
「それはもちろん、ルリス様だからですが?」
「答えになってなーーい!!」
ちょっ、お巡りさーーん! 助けてーー!! 変態に襲われるーー!!
まあ、この世界にお巡りさんはいないんだけどね!!
空の上でワイワイきゃーきゃーと騒ぐこと数日。私達は、特にトラブルもなく予定していた空域に到着した。
これで何もなかったら、あのメモを残した父親に一生足の小指をぶつけ続ける呪いをかけながら投身自殺してやるところだったけど……どうやら、それも杞憂に終わったらしい。
「見付けた……!!」
島の面積としては、フラウロス領の半分程度だろうか?
大きな山と深い森、そして何より、島の中央に聳え立つ巨大なコンクリートの建物が特徴的なその島は、間違いなくお父さんが残したメモの内容と同じだった。
「それじゃあミア、予定通り島の底部から接近して。飛行タイプの魔物はいなかったらしいけど、油断しないようにね」
「承知しました」
ミアが船を操り、島の裏側……底の部分へと向かって飛んでいく。
この飛行船、ある程度自然の風を受けて動くタイプだから操縦が難しいって聞いてたけど、ミアは全く問題なく指示通り動かしてくれるのよね。
ほんと、変態でなければ完璧なメイドね。変態でなければ。
「着きました。……ルリス様、お気を付けて」
「分かってる、ここまでありがとう」
さて、ここから先は私の仕事だ。
というわけで、私は飛行船に積んで来た、魔導コアとは別のもう一つの荷物から被せ布を取っ払う。
布の下から現れたのは、全長三メートルくらいの人型ロボットだ。
顔はなく、箱みたいなコクピットに手足が付いただけのシンプルな構造。
右腕には掘削用のドリル、腰には対魔物用の大型ブレードが取り付けられていて、いざという時は戦闘もこなせるようになってる。
これぞ、この世界の魔法使いが使用する魔法の“杖”にして“鎧”。
魔法技術と機械技術の融合によって生まれたという、空飛ぶ鋼の魔法騎士。
“
「まあ、これは元々農作業用なんだけどね、っと……」
杖鎧に乗り込んで、操縦桿代わりの二つの水晶に手を置く。
私の魔力を認証し、杖鎧が駆動を開始。
小型の魔導コアから送られる魔力を受けて、機体の内部に刻み込まれた魔法陣が次々と魔法を発動していく。
覗き穴一つなかったコックピットが《
魔法の産物だって、頭では分かってるけど……こうして目の当たりにするとほとんどSFだよね。ちょっと感動。
強いて不満を挙げるとするなら、コックピットが狭いことかな?
まあ、予算不足を誤魔化すために、農作業用の安物な魔導コアを二基積んで出力不足を補ったせいで、コックピットのスペースが思いっきり圧迫されまくった結果だから、仕方ないんだけどね。
お陰で、私以外の誰もこの機体に乗り込めないっていう代物になったよ、物理的に。
幼女の体って、意外と便利だね。
『ルリス様、問題ありませんか?』
「うん、大丈夫。これを整備してくれた人には、帰ったらちゃんとお礼を言わないとね。確か、ウチに今も仕えてくれてる家臣なんだよね?」
すっごいドタバタしてたから、私は未だに残っている家臣全員の顔も把握出来てないんだけど……こんな状況になっても残ってくれてる人なら、私としてもちゃんと主として向き合いたい。
そんな、ごく当たり前の考えを口にすると、通信魔法越しに聞こえるミアの声に明らかな躊躇いの感情が乗った。
『あー、その……彼とは、出来れば会わない方が良いかと……』
「なんで?」
『ルリス様の教育によろしくないので……』
「……?」
ミアより教育に悪い家臣なんていないでしょ。
まあ、いいや。それもこれも、全部無事に終わらせて帰ったらの話だしね。
「それじゃあ……ルリス・フラウロス、ボロット初号機、行きます!!」
『なんですか、それ?』
「発進の挨拶と、この機体の名前! 今考えた!」
空島用の魔導コアを背負ったボロットが、空へ向かって飛び立つ。
魔導コアを二基も積んでるだけあって、元は農作業用とは思えない出力だ。機体サイズの二倍近いコアを背負ってるのにすっごく速い。
そのままぐんぐん空に登っていって、あっという間に空島の底にたどり着いた。
「いっくよー、ドリルぅー!!」
底部を覆う岩盤に、右腕のドリルを押し付ける。
触れた対象物を軟化させて削りやすくする土魔法が常時発動してるから、面白いように削れていく。
「こんなもんかな? よいしょっと」
良い感じの大穴が空いたところで、ここまで背負ってきた巨大魔導コアを押し付け、魔法を使ってしっかり埋め込む。
これでうっかり落としたりなんてしたら全てがパーだからね。念入りに、埋めた後は周囲の岩盤の強化まで行った。
「これで第一段階終了! 遠隔制御用の魔法陣は……うん、問題なく機能してるね、次々」
魔導コアの埋め込みを終えた私は、続けて空島の底部中央辺りから掘削を開始。島の中心部──この島のコアがある場所を目指す。
さすがに距離があることもあって、なかなか到達しないけど……その間に、私は思わず愚痴を溢した。
「はぁ~、ほんと、我ながらどうしてこんな大博打に出ちゃうかなぁ。もう少し穏便で安全な手段にだけ訴えたいよ」
『今からでも、逃げますか? 魔導コアを売り払えば、逃走資金には十分ですよ』
「あはは、それじゃあ本当にただの大量虐殺者だよ。それに……退けない理由も出来ちゃったからね」
私がポケットから取り出したのは、小さな飴玉。
私が描いた台本通りの自作自演に騙されて、心から私を心配してくれた女の子からの贈り物。
自分だって大変だろうに、私みたいな大嘘つきに引っ掛かって、親切にして……本当に、バカな子だ。
だからこそ、裏切れない。
『……分かりました。これ以上は、恐らく通信も困難になります。お気を付けて』
「うん」
私の保身のために、名前も知らないあの子や他の領民達の命まで天秤に載せたんだ。
だったらせめて、最後まで騙し通す。
私を信じて良かったって、あの子達に言って貰えるように!!
「うわっ!?」
これまでの岩盤とは違う、明らかに金属製の壁にぶつかって、ボロットの前進が止まった。
間違いない、この先に島の魔導コアがある。
「もうひと踏ん張りだよ、ボロット。ちょーっと無理させちゃうけど……頑張って、耐えてね!!」
操縦桿ならぬ操縦水晶に魔力を込め、私は機体にかけられていたリミッターを解除する。
この機体は、コアだけでなく本体もまた元々農作業用で、コア一つ分の出力を前提に設計されていたものだ。
いくら突貫工事で改造したと言っても、元の部品が安物ではコア二つ分の出力になんて耐えきれない。
だから、ここに来るまではリミッターをかけて、最大出力が出ないように調整してあった。
それを、今ここで取っ払う。
「ぶち破れぇぇぇ!!」
右腕のドリルが唸りを上げ、鋼鉄の壁を削っていく。
過剰な負担に機体が悲鳴を上げ、バチバチと嫌な音を響かせ始めたけど……それは、私が自前の魔法で無理やり押さえ込んだ。
この世界に生まれ変わって十年間、両親を信じてバカみたいに魔法の特訓ばっかりしてきたんだ。
こと魔法に関しては、そんじょそこらの大人にも……安物魔導コアにだって負ける気はない。
「いっけぇぇぇ!!」
事実上の、トリプルコアによる最大出力。
機体の限界を超えたパワーによって、鋼鉄の壁はついに砕け散り、その先にある広い空間への道を見事に切り開く。
そこには、予想通りこの島の魔導コアがあった。
「やった……!!」
今の無茶で、ボロットの右腕もドリルも完全にダメになっちゃったから、これでハズレだったら詰むところだったよ。
けどこれで、作戦は最後の段階に進められる。
「さーて……ここからが本番だよ」
──空島を手に入れるための手段は、主に二つある。
一つは、地上に降りて当該区域の魔物を掃討し、魔導コアを埋め込んで大地を切り取る方法。
これは、バカみたいに多くの人手が必要な上、年単位の時間がかかる一大事業だ。私には無理。
そしてもう一つが、今やってる通り無人と化した空島を回収する方法。
こっちは、空島の状態次第では上陸してそのまま手に入れられるお手軽さが魅力だけど、魔物が巣食っている場合は結局掃討作業が必要になる。
そして、今回私が狙ったこの島も、立派に魔物の巣窟だ。これを排除しなきゃ、私の領地とはとても言えない。けど、掃討するだけの戦力もない。
だから……私は、戦力らしい戦力もなく、魔物を掃討する手っ取り早い方法を考えた。
島を丸ごと、空中でひっくり返して──島の上にいる魔物を、纏めて地上に叩き落とすのだ。
「失敗すれば、この島ごと墜落して即お陀仏の大博打。上手く行くかは神のみぞ知る……いっちょ、やってやりますか!!」
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