第3話 冒険への下準備
「おい、魔水が止まったぞ!!」
「ふざけんなぁーー!!」
「散々整備しろって陳情を出したのに、その結果がこれか!?」
「男爵を出せ、説明しろ!!」
私が当主になって一週間後。フラウロス家の屋敷の前に、大勢の民が詰めかけて来た。
私の指示で、魔水の供給を減らして貯水量を増やして貰っていることが原因だ。
今のところ、鉄の門に阻まれて中にまでは入って来ないけど……既に、屋敷を守ってくれる門番すらいない状態で、いつまで持つか分からない。
「それじゃあ……行ってくる、ね」
「……本当に行くのですか? 今の民の前に顔を出しては、何をされるか……」
「それでも……やらないと、いけない、ことだから」
掠れた声で告げる私に、ミアは心配そうな表情を浮かべると、そのまま抱き締めて来る。
抵抗せずに受け入れると、ミアはいつになく優しい声で言った。
「お気を付けて。何かあれば手を挙げてください、すぐに救援に向かいます」
「……ありがと。ミアも、仕込みはよろしくね」
「承知しました」
短いやり取りの後、私は噴き上がる民衆の前に出ていく。
その姿を見て、あれだけ騒いでいた人達がピタリとその声を止めた。
「ルリス様、なのか……?」
「そのお姿は……」
ボロボロの服と、アザだらけの体。
髪はパサつき、唇も渇いて割れてしまっている。
フラフラと覚束ない足取りで歩く私は、この一週間ほとんど飲まず食わずでここにいた。
なんでって? そんなの決まってる。
今そこで、元気に文句を言いに来た人達よりも悲惨な見た目を装って、同情を誘うためだ。
「皆さん、ごめんなさい……私の、父と母は……借金を残して、逃げてしまいました」
「なっ……!?」
私の言葉に、人々から驚きの声が上がる。
そんな彼らと目を合わせることもなく、私はその場に両膝をついて頭を下げる。
「ごめんなさい……フラウロス家にはもう、何も残っていないんです。魔導コアの修理をする人も、みんないなくなってしまって……だから、皆さんの要望に応えることは出来ません。本当に、ごめんなさい」
「ふ……ふざけるなよ! そんなこと言って、俺達の生活はどうなる!?」
私の謝罪をはね除けて、男が一人叫んだ。
すぐにそれに同調して、何人もの人が声を上げるけど……その勢いは、明らかに落ちている。
いくら生活がかかっていても、私みたいな十歳の女の子を糾弾し続けるのは難しいんだろうね。
だから私は、畳み掛けるように言葉を重ねた。
「はい……ですから私は、コーンウェル侯爵様に救援を求めようと考えています。幸い、かの御方は私に大変興味を持たれているそうですので……
「コーンウェル侯爵って……年端もいかない子供を何人も囲って、手を出してるって噂の……あの……?」
「えっ……」
「そ、そうなのか?」
どこからともなく聞こえてきた情報に、集まった人達の動揺が大きくなる。
ちなみに、今呟いてくれたのは、聴衆に紛れ込んだミアだ。
いくら侯爵と言っても、こんなド田舎の男爵領に後ろ暗い噂なんてそうそう届かないからね。
でも、そうやってミアがサクラ役をしてくれたお陰で、集まった人達は私の“誠心誠意”がどんな意味なのか、勝手に汲み取ってくれたみたいだ。
狙い通り。
「これが……私の、フラウロスに生まれた者として出来る、精一杯のお役目です……必ず、二週間以内に、救援を取り付けますから……一度だけ、私を信じてください……」
もう一度、深々と平伏する私に、集まった人達も完全に勢いを挫かれたらしい。
代表らしい先頭の男が、深い溜め息を溢す。
「分かった、今回はルリス様を信じる。お願いしますよ、ルリス様」
「ありがとう、ございます……!」
その言葉を最後に、集まった人々は三々五々に解散していった。
上手く行って良かった──とホッとしていると、いつの間にか、そんな私の前に同い年くらいの女の子が立っていた。
「ルリス様、これ……」
「……?」
私に手渡されたのは、小さな飴玉だった。
どういうことかと顔を上げると、女の子は優しい笑みと共に口を開く。
「今は、こんなのしか持ってないけど……ちゃんと食べて、元気になってください!」
「あ、ありがとう」
手を振りながら去っていく女の子に、私の良心がチクリと痛む。
けれど、これが私の選んだ道だ。
ならその分、ちゃんとお返し出来るように頑張ろう。
そう決心して、私は屋敷に戻っていった。
「ふぅ~、生き返る~」
領民達の説得を終えた私は、ミアが用意してくれた料理で久し振りにお腹を満たしていた。
といっても、いきなりガッツリ食べたら吐いちゃうから、胃に優しいスープからだけどね。
「はあ……こんなことはもう二度とお止めください、餓死寸前でしたよ。それに、虐待痕を作りたいから殴ってくれなどと……」
「ごめんごめん、もうこんなことにならないように頑張るから。……いてて」
割りと本気で説教するミアは、現在私の体についた打撲や鞭打ちの痕を治療してくれている。食べながらなのは、時間の節約だ。
ちょっとでも同情を引きやすいように、出来るだけ目立つ痕をお願い! なんて無茶なこと言って悪かったと思ってるけど、必要なことだったんだから仕方ない。
「これで、本当に後には引けなくなっちゃったからね。体力が回復次第、冒険に出発だよ」
「やっぱり、やる気なんですか?」
「そりゃあそうだよ、そのためにお膳立てしたんだから」
この世界で一発逆転を狙うなら、新しく領地となる空島を手に入れるのが一番だ。
空の上では、土地はどうしたって限られるからね。特に、有用な資源地帯はどんな大貴族だって喉から手が出るほど欲しいだろうし、借金返済の大いなる助けとなってくれるはず。
そして……都合の良いことに、うちのお父さんも同じことを考えていたようで、無人の空島を発見するところまで奇跡的にこぎ着けていたみたいなのだ。
魔物が多すぎたために上陸は断念した、って書いてあったけど、私にとってこの情報は文字通り価千金。メモを見付けた時は、やっとお父さんが親らしいことしてくれたって歓喜したよ。
「フラウロス家に残された飛行船は四人乗りが限度の小型船ですよ。武装もありませんし、魔物に襲撃されたら終わりです。ついでに、既に売却の契約が成立しているものなので、万が一破損した場合は違約金ですね」
「バレなきゃいいのよ、バレなきゃ」
そうでなくとも、新しい空島さえ見付かれば違約金の元は余裕で取れる。
「それに、どっちにしろこれが失敗したら私は身の破滅だからね。可能か不可能かじゃなくて、やるしかないの。……でも、ミアは今からでも逃げていいんだよ? 借金に縛られてるのは私だけだから」
「ご冗談を。私の心はとうにルリス様に縛られておりますし、何より……精神的にも肉体的にも、ルリス様を縛って良いのは私だけです。借金などに縛られているルリス様は、私の矜持に懸けて解放して差し上げなければ」
「待って、それはおかしい」
こんな時でも、相変わらず変態的な自分を貫いて私と運命を共にしてくれるミアがいることに、私は心から感謝した。
……絶対に、口には出さないけどね。
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