第2話 これ、詰んでない?
パジャマから着替えた私は、元はお父さんのものだった執務室を訪れ、現状を徹底的に調べ上げた。
その上で、結論を述べよう。
「うん、無理」
執務机の椅子に座って手を組んだ私は、ミアに対してそう告げる。
それに対して、ミアはきょとんと目を丸くした。
「随分と早く音を上げましたね。そんなに最悪なのですか?」
「うん、最悪だね。借金もだけど、それ以外の状況もヤバい」
散々借金を作ったことだけなら……いや、それだけでも最悪なんだけど、両親のやらかしはそれだけに留まらなかった。
私が今いるフラウロス男爵領は、空の上にある小さな島だ。
これは、フラウロス領が特殊なんじゃなくて、この世界ではごく当たり前のこと。
なんでも、大昔に人類は地上の生存競争において強力な魔物達に敗北し、空の上に避難してきたらしい。
その技術を利用して、今も人類は魔物達の脅威を避けながら、少しずつ地上を切り取って空の版図を広げているわけなんだけど……問題は、それだけこの世界では土地が貴重で重要な資源っていうこと。
より具体的に言えば、土地の大きさに応じて王家に税金を持っていかれるのが貴族の義務だ。それを、うちの両親は土地面積を誤魔化して過小報告することで、洒落にならない額の脱税を毎年行っていたみたい。
「素直に謝ったところで、延滞税だの加算税だので法外な金額を王宮に持っていかれるのは間違いないし、黙ってたら私も犯罪者……ついでに、領内の状況も良くないよ。魔導コアが生成した魔水を領内に行き渡らせる配管に、ガタが来てるみたい」
魔水は、一言で言えば魔力を凝縮して作った水だ。
これを各家庭で純粋な魔力に変換することで、火や飲み水、部屋の明かりなどを確保し日々を営む最重要のインフラ……いわば、前世で言うところの電気だね。
この魔水管の整備費用がなかったために、長いことメンテナンスを怠った結果、現在領内のあちこちで問題が起きている。
このままだと、このフラウロス領が予定通りどこぞの貴族の手に渡ったとしても、状況が改善される前に経済が破綻しかねない。
そうなったら、果たしてどれだけの数の領民が路頭に迷い、命を落とすことになるか。想像もしたくない。
「はあ……いっそ逃げたい」
「お供しますよ」
「そこは、もうちょっと頑張ってくださいって叱咤するところじゃないの?」
「私にとっては、ルリス様の幸せが最重要ですので」
何それ。ちょっとキュンと来ちゃったじゃない。
まあ、だからって堕ちたりはしないけど。
「ありがと。それで、今後の予定だけど」
「私の愛の告白はスルーですか」
「真っ当な手段じゃ到底この状況は覆せないから、ちょっと……というか、かなり危ない橋を渡ろうと思うの。一歩間違えたら大量虐殺者と共犯になる覚悟、ある?」
「はい、ありますよ」
あっさりと即答されて、今度は私がきょとんとする。
そんな私に、ミアは真顔のまま告げた。
「私はとうに、身も心も命さえルリス様に捧げる覚悟です。ルリス様のご命令なら、たとえ国王を殺せと言われても実行してみせましょう」
「……そんな命令しないから、もう」
ここまで言われると、流石に照れる。
「ですが、虐殺は命令されるんですよね?」
「虐殺する結果になる可能性がなくもないっていう話だよ。よっぽど起こらないから大丈夫」
「可能性があるだけで大概だと思いますが……それで、何をなさるおつもりですか?」
「このフラウロス領を浮かべている魔導コア、引っこ抜こうと思って」
「……はい?」
私の案に、ミアはあんぐりと口を開けて固まってしまう。
ミアがここまで驚いてるところを見るの、初めてかも。ちょっと面白い。
「このミア、ルリス様に仕えて早五年。あなた様のことは概ね理解していると思っていましたが、まだまだ甘かったようです。……あの、正気ですか?」
「正気だよ。それに、大丈夫。元々島の魔導コアは、メンテナンスや修理のために二つ一組で運用されてるから、一つ抜いたからってすぐ墜落したりはしないよ」
「それでも、魔水の生成はそのメンテナンス中のコアが合間合間に行って貯水しているはずですよね? 早晩、干上がってしまうのでは?」
「それも、節水して貰えれば二週間は持つ……はず」
「協力して貰えるでしょうか……?」
「一応、案はあるよ。通じても一度だけだろうけど」
要するに、一発勝負ってことだ。
ああ、もう……本当に、なんでこんなにもキツイ状況で動かなきゃダメなんだろ? もう少し心にゆとりが欲しいよ。
「分かりました。魔導コアはフラウロス家が管理しておりますから、担当の者に告げればどうにかなるでしょう。それで……引き抜いたコアを、何に使うおつもりなのですか?」
「そりゃあ、島を浮かべるためのコアなんだよ? 使い道なんて、決まってるじゃない」
首を傾げるミアに対して、私はにこやかに告げる。
「新しい島、手に入れてくるの」
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