第20話 脅迫

 天空祭、二日目。

 今日は杖鎧大武闘会ロッドギアフェスティバルがあるので、朝早くから会場となる巨大な闘技場コロシアムへとやって来た。


 闘技場と言っても、王都の中にあるわけじゃない。


 なんと、王都の近くに浮かんでいる小さな空島、それ一つ丸ごと全部が闘技場であり、観客は通信魔法を応用して開発された映像魔法テレビジョンでそれを見物するのだ。


 なので、参加者となる私は現在、王家が用意した巨大輸送船に乗って、グレイやアイと一緒にその闘技場上空で待機している。


「ミアったら、『ルリス様の勝利は疑っていませんので、私は祝勝会のための食料を確保して参ります』って食文化展覧会グルメフェスティバルの方に一人で行っちゃったけど、大丈夫かな?」


「大丈夫だと思うわよ? ミアちゃんに手を出せるオトコなんて、そうそういないわ」


「いや、身の安全の方じゃなくて……いくら食べ放題だって言っても限度があるでしょ? 一つのお店から抱えきれないくらい持ち出そうとして、トラブルになってなきゃいいなと思って」


「…………」


 そうなる可能性は否定出来なかったのか、グレイが黙り込んでしまった。


 うん、そこは大丈夫って言って欲しかったな!


『大丈夫です。私の分身体をミアの側に付けておりますので、いざという時はマスターから“クビにするぞ”と脅していただければ、すぐに止まるかと』


「いや、流石にフリだとしてもそれは言いたくないなぁ……」


 私、アイを入れてすら四人しか家臣がいないんだからね? 一人も失いたくない身としては、冗談でもそういうことは言いたくない。


「まあいいや、今は目の前のことに集中しよっと。グレイ、整備は終わってるのよね?」


「ええ、バッチリよ。まだまだ試作段階だけど、新型コアを搭載してフレームも強化してあるから、前回の農作業機とは比べ物にならないわ」


 そう語るグレイの視線の先にあるのは、メビウスを手に入れた時から大きくその姿を変えたボロットだ。


 シンプルな箱形のコックピットブロックに、手足だけ生やした小さなボディ。


 右腕には魔導ライフル、左腕には大型ブレードを装備し、背面には予備の装備や私の思い付きギミックを仕込んだバックパックが背負われている。


 両足は、空を飛ぶばかりでなく地上を素早く移動するためのスケーター形状になっていて、空中戦が主流のこの時代においてはちょっと異質な造りだ。


「ありがとう。約束通り、この子で思いっきり暴れてくるね」


「ええ、行ってらっしゃい。でも、お嬢様」


「うん?」


 ボロットに乗り込もうとする私に、グレイは一言。


「気を付けてね。一番大事なのは、何よりお嬢様自身よ」


 そう言って、私を心配してくれた。


「……ありがとう、グレイ。それじゃあ、行ってきます!」


 嬉しくなった私は、笑顔でそう告げてコックピットに乗り込む。


 新型の魔導コアが唸りを上げて魔力を生成し、フレームに刻まれた魔法陣が次々と起動、ボロットの各機能を魔法によって目覚めさせていく。


「さて、どんなものか……うわぁ、すごい。見てよアイ、私の倍率、二十倍だってさ」


『見てと言われましても、これは私の集めた情報なのですけどね』


 クリアになっていく視界には、周囲の景色だけでなく、アイの分身体が集めてくれた遠方の情報も映し出されている。


 その中には、現在王都で行われている、この杖鎧大武闘会の優勝予想賭博の現状レートが表示されていた。


 一番人気は、この国の第一王子みたいだね。

 アルフォンス・ラル・グランスカイ。次期国王と名高い優秀な十六歳で、光の王子様って呼ばれているらしい。その甘いマスクから、貴婦人の間で大人気なんだとか。


 二番人気は、アークライン家の御曹子──この国で言うところの“公子様”で、ビオレ・アークライン。王子と同い年の十六歳だ。

 燃えるような赤髪が特徴的な魔法騎士見習い。アルフォンス王子とは幼馴染で、将来は最側近の騎士になるだろうって期待されてるみたい。


 他にも、コーンウェル家が一機出場させてるんだけど、メアリー様じゃないみたい。十五歳の新人騎士らしくて、五番人気に留まっている。


 アイによれば、うちが提供した新型コアを搭載していない機体みたいで、負けること前提って感じだ。


 さて……ここまでの情報で分かる通り、この杖鎧大武闘会って、杖鎧の新技術を御披露目する場であると同時に、新世代の騎士が栄誉を勝ち取る場でもあるので、出場資格は二十歳以下だったりするんだよね。


 だとしても、たった十歳の幼女を出場させてるのはうちだけだけど。


『これまでの情報を勘案するに、アークライン家は王子と公子による一騎討ちを演出し、盛り上げようとしていると推察されます』


「王国の未来を背負う期待の若手騎士による頂上決戦! 燃えるシチュエーションだよね、分かる分かる」


 まあ、私も精々それに上手く乗っかりながら、暴れつつ儲けさせて貰うつもりだ。


 ちょっとばかり向こうの想定とは変わるだろうけど、終わり良ければ全て良しってね。


「さて、そろそろ賭けの締切時間だし、グレイに頼んで……?」


 有り金全部突っ込んで貰おう、と思っていると、私のボロットに通信魔法を繋げようとする“誰か”を検知した。


 アイに目配せしながら、私はそれを受信する。


「どなたでしょうか?」


『……ルリス・フラウロスだな? 悪いが、お前には武闘会の開始早々、敗北して貰いたい』


 魔法で変声しているのか、ノイズまみれの奇妙な声で一方的に告げられて、私は笑いを堪えるのが大変だった。


 まさか、本当に来るとはなぁって。


「嫌って言ったら?」


『……お前の大切なメイドがどうなってもいいのか?』


 こんな幼女相手によくやるよ、と面白がっていた私の心が、急速に冷めていく。


 ……誰を、どうするって?


『お前のためだと言って、今も健気にも食べ物をかき集めているメイドに危害を加えられたくなければ、言う通りにするんだな』


「……アイ」


『ミアの周囲二十メートル圏内に数名、不審者の所在を確認しております。今は何もしていないですが、マスターとの交渉が決裂すればどう動くか分かりません』


 人質ってことね。

 ほんと、やってくれるよ。


『懸命な判断を期待する』


 言うだけ言って、通信が切れた。


 大きく息を吐き出した私は、アイに指示を下す。


「アイ、何がなんでもミアを守って。最優先命令よ。それから、グレイには予定とは少し違う形で賭けるように伝えておいて」


『了解。ですが、もし仮にミアの下で交戦となった場合、マスターのバックアップが最低限となる可能性があります』


「それくらい、問題ないわ」


 本気で、腹が立った。


 本当なら、もう少し穏当な形で暴れて、向こうにも花を持たせるつもりだったけど……やめた。


 アークライン。あんたらのプライド、私が徹底的にぶち壊してやる。


「あんたらが手を出したのが誰なのか、骨の髄まで分からせてやるわ。ルリス・フラウロス、ボロット二号機──出るわよ!!」

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借金令嬢の領地改革~蒸発した両親の代わりに領主をやることになったので、身売りされる前に大金持ちに成り上がります~ ジャジャ丸 @jajamaru

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