その店「初日は定休日」

世界はいつだって不思議で不思議で、不思議に溢れている。

人も、吸血鬼も、人魚も、エルフも、天使でさえも。自らの心のままに生きていき、やがて死んでいく。そうあることを望んでいる。

終わりの時間はいつだって刻々と近づいてくる。


チクタクちくたく

ちくたくチクタク


その音はこの世界に産まれ落ちた瞬間からあなたの耳に聴こえ始めるのだろう。急げ。急げ。残った時間は少ししかない。

あなたはいつだって急かされて生きているのだろう。

何のために産まれたか。

何のために生まれたか。

何のために生きてきたか。

何のために生きていくのか。

何のために死ぬのか。

何のために死んでいくのか。

頭に響く問いたちには答えは与えられない。これらの答えには正解が存在しない。では、この問いは無駄なものなのだろうか。




私が生きていることは、無駄なのでしょうか。




あなたがこれらの問いに答えを見つけ、正しいと信じることこそが生きてきた証となるのです。

道の上で出逢った彼の人があなたに言う。笑みを浮かべ、あなたの目を見て道を照らす。


手を引こうとしない彼の人は、あなたが心のままに歩むことを望んでいる。


限られた時間は制限され縛られた時間などではない。

その道は真っ直ぐに歩くことしか許されない囚人の道ではない。

意味もなく逸れても、走っても、迷ってもいいのだ。だって、その道はあなただけの道なのだから。あなたの思う通りに歩めばいい。満足するのも、後悔するのも、全てはあなた次第なのである。


これは、どんな道にも探せば何処かに必ずある、とある店の話。

その店の名前はこう呼ばれる。


「寄り道」


初代店主が名付けた、暇人の巣窟である。








旅をするものは行く先を尋ねる時、決まってこの質問をする。


「いくつ先まで行くの?」


いくつ扉を隔てた向こうの世界へ行くの?

いくつ扉を通って旅をするの?


この世界は「扉」という存在によって区切られた、小さな世界の集合体である。

だからこそ大人たちは子どもに言い聞かせる。街の外へ出てはいけない。森へ行ってはいけない。そこは、自分たちの住む世界とは別の世界なのである。そこでは、自分たちの持つ常識が覆される。

人の作る法というものは、人が暮らすために定めた基準なのである。これをしてはいけない。これをしなくてはいけない。それらは幼年期の教育という期間に植え付けられた常識を前提としている。

常識が異なれば、当然法など意味を持たなくなる。

世界の数だけ常識がある。人の数だけ常識がある。




「あなたとは解り合えませんね」


ある庭師はそう言って、早々に人を理解することをやめてしまう。なぜなら、彼女は森に生きる吸血鬼だからだ。

どんなに似ていても、どんなに近くにいても、彼女たちとは理解し合えない部分がある。だってあなたは×××だから。だって私は××だから。私とあなたは違うから。

それでいいのだろう。そう在るべきなのだろう。


しかし、それは拒絶ではない。自分以外を、時に自分自身を否定し排除することには「此処」で生きる意味がない。

あなたは、知らないことを知りたいから此処を覗いたのだろう? あなたは、見たことのないものを見たいから此処に来たのだろう?

ならば、どうか否定しないでほしい。


部屋の中に閉じ籠って鍵をかけ、イスに座っているだけでもいい。ただ、あなたのその目で窓から外を見てもらいたい。あなたのその耳で音を聴いてもらいたい。風を感じ、何かを思ってもらいたい。

此処にあるものたちを受け入れなくてもいい。理解しなくてもいい。

あなたは扉を開いてそこから出る必要はないのだ。




あなたは私たちのカミサマという読者なのだから、ただ、ページを開いてくれるだけでいい。







あとはこの物語の中に生きる私たちが世界を動かそう!

どうか。どうか!

この結末とその行く末が、あなたに届きますように。







ある時、誰かは言った。




『王都・フロンティア ガーデン』


王のいない都へようこそ

ここは可能性と未来を開拓する

冒険者の街




あちらに見えるが大図書館

世界に唯一の図書館です

あちらに見えるが国役所

冒険の手続きはあちらでどうぞ


今日も賑やか市場と公園

市場ではなんでも揃います

公園では楽しい出会いがあるかもね


あちらに見えるが初心学校

冒険者になりたくてもならなくても

誰でも始めはあそこから

その隣に見えるが冒険学校

もしも冒険者を目指すのならば

あそこへ通っておきなさい




誰もが通る通過点

選択肢は全ての命に対して平等に

選ぶか避けるかはあなた次第


王都はあなたを歓迎しよう

良い道を選びなさい




勇者よ、勇気をここに掲げよ

戦士よ、雄々しく立ち向かえ

騎士よ、意志をその背で示すのだ


医師よ、命を癒し助けるのだ

コックよ、命を貰い潤すのだ

パティシエよ、夢を与え育てるのだ


あなたが選んだその道は

いつの日かきっと実を結び

あなただけの名前を与えるだろう


おそれるな!

進め!


あなたは誇れる冒険者

もしもあなたが誇らなくても

我らが代わりに誇ろうぞ!

どんな道を選んでも

後悔だけは決してするな

我らはあなたを見捨てない




ここは冒険者が集う通過点

力と魔法を育みながら

出会いをゆるりと待つがいい




門はひらいた

ここは王都

フロンティア ガーデン


主のいない庭

Frontier Garden




一つの扉をひらいた場所に、その街はある。誰もが通過する途中の街。森のように育った王のいない都。

誰しもが始めの一歩を其処から踏み出し、ある人は再び其所へ戻ってくる。何処へでも行け、何処からでも来れる。それがその街である。


途中にある街のため、もちろん様々なものが行き交う。者であったり、物であったり、物語であったり、人や獣ならざるモノであったり。そんな場所だからこそ厳しいルールが敷かれ、穴抜けの部分が落とし穴のように開けられる。

何をしてもいいが、何をされてもいい。因果応報である。

其処は、全てを受け入れる庭のような街なのだ。


そんな街の中に、「寄り道」と名付けられた店はある。




その店がチラシを配る時は、大抵店の在庫の底が見え始めた時である。店主エヴァンは毎回同じ内容のチラシを刷って知り合いに持たせ、配らせる。


チラシの表にはオモテの内容が書かれている。足りない素材を確保せよ。

そう、例えばこんな風に。




-☆アルバイト募集中☆(チラシの表)-


ひまつぶし系お菓子屋「寄り道」を毎度ご利用いただきありがとうございます。

当店では、材料が足りなくなることがしばしばあります。そのため、随時アルバイトを募集させていただいております。

以下の条件に当てはまった方はお手伝いをぜひ! お願いします。


①暇な暇人

種族、年齢は問いません。

暇なことが重要です。


②店主の言語が理解できる

意思疎通が困難な場合、絵文字での説明も考えております。


③方向音痴ではない

行方不明になられても何処にいるのかわからなければ助けに行けません。ただし、迷子札をお持ちの方は除外されます。


④材料がわかる

一通り説明をさせていただきますが、希少なものもあります。ご自身の力量に応じたお手伝いをお願いします。


⑤主な受付材料とごほうび

・赤足ニンジン(一本につきドリンク一杯半額、俊足なら無料)

・ 森のハーブ(どの森でもいいが生で納品すること、同重量の小袋焼き菓子と交換)

・常夏マンゴー(甘熟大歓迎! 一個につきバナナケーキ一切れ)

・竜のひげ(十センチ以上のものに限る、一頭から長く切りすぎると怒ります、一本につき探検セットレンタル一回無料)

・むつのはな(溶けやすいので冷凍ポーチ支給、百個でスノウサイダー年間フリーパス発行!)

などなど


今後もご利用お待ちしております!

お問い合わせは店主・エヴァンへ




ぺらりとひっくり返してみれば、チラシの裏にはウラの内容が書かれている。悪者退治だ、確保せよ。

そう、例えばこんな風に。




-☆アルバイト募集中☆(チラシの裏)-


毎度ご利用いただきありがとうございます。

ひまつぶし系お菓子屋「寄り道」では、表以外の随時アルバイトも募集させていただいております。

以下の条件に当てはまった方はお手伝いをぜひ! お願いします。


①腕に自信のある方

特にこちらからはアシスト致しません。ヘルプもありませんので、ご自分で思う存分動いてくださって構いません。


②信頼できる方

身元確認のできる方だけとさせていただいております。後日、クレームなどの連絡は致しませんのでご安心ください。


③命の保証はしておりません

事後における後遺症、トラウマ、命の損害については一切保証しかねます。命の保証はしません。


④確保材料は以下のものとなります

・借金を踏み倒した不届きもの

・迷惑行為を繰り返した不届きもの

・ルール違反の常習犯

・商品、及びレシピを無断で盗んだ極悪人

・店主・エヴァンの名を語った成り済まし

などなど


確保材料の位置を特定した後、お手伝いを正式にお願いすることとなります。お時間の都合のつく方が望ましいため、事前にご連絡をさせていただきます。

皆様、確保材料にならないよう健全に当店をご利用ください。


ひまつぶし系お菓子屋「寄り道」

店主・エヴァン







チラシを手にした暇人たちは扉を潜る。街を出て、森を抜け、外の世界へと冒険に出掛けていく。


実は、歴代の店主が配ってきたこのチラシクエストと呼ばれる冒険は意外と人気だったりする。表は初心者でもできる簡易なもの。裏は裏らしくなかなかに難しい。

何処かの森にある時計塔。そこでは腕試しと呼ばれる、まさに己の力量をはかるための訓練が行うことができる。

それは街ができるよりも遥か昔に造られた塔であった。古からの旧きルールに従ってひたすら最上階を目指す。ただ、それだけのことである。それだけのことが達成できない。

誰でも挑戦できるが誰も達成できない。それが時計塔のクエストであった。

いつかは自分も頂上に立ちたい。そんな希望を胸に挑戦者は後を絶たないが、そんな彼らに店主エヴァンはこう言うのである。


「そんなことよりチラシクエスト行ってこい」


店主は彼らに挫折や上り続けることの難しさをその身で知ってもらいたいわけではない。おまえでもできることがあるんだぞ、と彼らの今持っている力を肯定してやりたいのである。





「寄り道」という店には売れ筋商品がある。そのいくつかを紹介させていただこう。

これは今後の売り上げ向上のための販売促進営業である。多少大袈裟にアピールさせていただこう。




まずは人気ナンバーワン「宝石キャンディ」!


宝石キャンディはその名称の通り宝石の様に煌めく飴である。


シャラン♪

シャラン♪


店頭に並ぶビンの中にはキラキラ輝くキャンディたち。現在確認されている味は六種類。赤色、青色、翠に緑、黄緑に橙。

店の奥にはいつでも大騒ぎの棚。キャンディと同じ色をした石が詰まったビンが並んでいる。赤いガーネット、青いアクアマリン、翠のジェイド、緑のエメラルド。そして黄緑のスフェーンと橙のアンバー。

それには石と同じ色と輝きの目をした妖精たちが住んでいる。

宝石妖精と呼ばれる彼らは、本来魔力の宿る石を住み処とする。そんな彼らがなぜその店にいるのか。それは、ハロウィンの空から降り注ぐ「宝石キャンディの夜の物語」である。宝石妖精となってしまった子どもたちと魔女しか知らない、秘密の物語である。

彼らを見つけたら、笑顔で手を振ってあげよう。きっと、彼らも笑って手を振り返してくれるだろうから。

宝石妖精の住む石の味が知りたくなったら、コイン一枚を手に持ってカウンターへ急ぐといい。彼らはいつでも人気者だ。そして、店主にこう言うといい。


「宝石キャンディください!」


彼らの心を溶かした甘いキャンディ。それが、彼らの住む石の味だ。




次はスノウサイダー。


年間通して好まれる炭酸飲料だが、実は季節によって微妙に味が変わる。春は甘く、夏は少し辛く、秋はほんのわずかに渋味を含んで、冬には酸味が利く。

溶けることのない雪と氷で覆われた冬の世界。そこには銀の花がある。あっという間に溶けてしまうむつのはな。六花と呼ばれるその氷の結晶がスノウサイダーの材料だ。

店主は花をうまい具合に炭酸の上に浮かべる。浮かべられた花たちは、そのままにしておくとあっという間に底へと沈んで融けてしまう。


カウンターの横にはスノウサイダーとアイスが入ったケースが常に冷やされている。

細長いビンに入れられた透明な炭酸では、光にかざすとひらりと銀の花びらが水面に揺れる。蓋を外してしまえば一瞬で花びらは底へと沈み、溶けて消えていってしまう。それは冬の雪解けを思い出させる光景だ。

ケースからビンを取り出す人はみんな、白い冬を思い浮かべながら手を冷やすのだろうか。


しゅわしゅわ、泡と花びらが弾け散る炭酸飲料。

おひとついかがでしょうか!




お次は………

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