第ニ章-2「エヴァンの店」

何回もそんな風に店に行ってるとさ、さすがにいつも一緒にいた親友たちにはバレる。


「トラ、今日はどこに行くんだ?」

「あたしたちも一緒に行っていいわよね」

ねえ、トラちゃぁん?


笑顔で言われた時には鳥肌が立った。別に悪いことしてるわけじゃないんだけど、なんとなく自分が悪い気がして腹が痛いような痛くないようなああ痛い。おれ、悪くない。


おれたちは例の隙間道を一列になって進んだ。

おもしろそうなことって子どもならすぐに気がつくんだ。誰だって好きだから、おもしろいこと。無視できないで気配がするそっちに突っ込んで行っちゃう。それが子どもだよな。


エドもブーケも興味津々でエヴァンの店をうろちょろした。と言っても、二人の興味は大体宝石キャンディに向けられる。エドは宝石に詳しいし、女の子はキラキラしたものが好きだ。

おれはと言えば赤足ニンジンを眺めて元気がないのを確かめてはスノウサイダーをちびちび飲む。




おれたちは隠れ家をみつけたのである。

お子さま三人が居座るようになって、店の金庫はますます寂しくなる。そうエヴァンは呟いてた気もするけど、売り上げは店主が頑張るしかないっておれたちは思ってる。







エヴァンっていう人は、一言で言うとエヴァン。それしか言えない。

ボサボサの黒い髪。センスがいいのか悪いのかわかんない、橙色の縁の丸メガネ。いつも笑ってるようなゆるんだ口元。

服は半袖シャツに半ズボン。毎日暑いからしょうがないのもわかる。わかるけど、シャツのデザインがダサいのは理解できない。

背中に大きく「人でなし」「猫かぶり」とか書かれてるのを見ると、おれ、こんな大人になりたくないって思う。もうちょっとカッコいいのを着ようよ。今日のワンポイントは「鬼ごろし」。

そんなエヴァンは、はっきり「大人」って言っていいのかわかんない外見をしてる。

初心学校の先生より若い、と思う。冒険学校に通うお兄さんお姉さんと同じくらいか、それより若い? 老けてる? どっちにも言える、と思う。

よくわかんないけど、おれたちの中ではエヴァンはとりあえず「お兄さん」の位置に落ち着いてた。


エヴァンに店のことを聞いてみた。

もともとここに建物自体はあったみたいで、それを前の店主からもらったらしい。前の店主の名前は「エヴァン」。

この店の主は「エヴァン」だって決まってるんだ。目の前のエヴァンはそう言った。

おまえの好きにやれ。ふぉっふぉっふぉ。なんて、前の店主はそう言い残した次の日に姿を消した。残ったのは次のエヴァンになる自分と空っぽの店。




「何を売ってるの?」


とりあえずスノウサイダー。これは彼のオリジナルレシピ。

うん、今日もしゅわしゅわ美味しい!


あと、宝石キャンディ。六色のキラキラ輝くキャンディたちには同じ色の目をした妖精が住み着く。これも彼のオリジナルレシピ。

森に住む魔女との縁が生んだ傑作。

赤いガーネットに青いアクアマリン。黄緑のスフェーンに橙のアンバー。緑のエメラルドに翠のジェイド。


エヴァンが売ってるのは、今はその二つだけ。品切れしたことがないスノウサイダーと宝石キャンディ。一体どこから出てきているんだろう。




「何を売りたいの?」


赤足ニンジン。

おれたちは一斉に窓に吊り下げられたやつらを見た。一本だけ元気がないというか、生気を感じない。

赤足ニンジンはなぜか動く二股のニンジン。目も鼻も口も耳もないけど、なぜかものすごく素早く走る。

なんで走るのか。なんで動くのか。だって動きたいから。走って遠くまで行きたいから。赤足ニンジンっていうのはそういうニンジン。

そのニンジンを一ヶ月干す。逃げられたら意味がないんで、両足を縛って逆さ吊り。そうするとだんだん元気がなくなっていって、最期にはただのニンジンになる。

そのニンジンをどうするのか。

がりがりゴリゴリ削って粉にする。売るときはニンジンそのままだけど、粉にするよりずっと保存が効くんだって。

赤足ニンジン自体捕獲が難しいから、この乾燥ニンジンの時点でそこそこのお値段を期待する。粉にすれば小分けもできるし、手が出しやすい値段に持っていくことも可能。

じゃあ、結局その赤足ニンジンの効果って?

決まってるじゃないか。速く動けるようになる。それだけ。

あ、あとニンジン本来の味がよく出てて料理に使うと満足間違いなしだとかなんとか。

よくわかんないけど、結構価値があるってことだけわかった。

別にエヴァンは赤足ニンジン大好きってわけじゃないんだよ。たまたまあいつらが商品として売りやすいってだけで、ニンジンが大好きってわけじゃない。と言いながら、いつも昼に行くとニンジンジュースを飲んでいるエヴァンに出会えるのは気のせいかな? と思う。多分気のせいじゃない。


あとは冒険者向けのあれこれを~、とか言うエヴァンの目は確実におれたちには向いてない。考えてないらしい、この店主。




「こういうの、どう?」


子ども三人組はアドバイスした。

冒険セットなんてどう? エヴァンは難しい顔をしながら返事した。商品化まで遠そう。

キャンディがあるなら角砂糖は? それだ。次に来たら多分増えていそう。

普通に薬草売ったら? エヴァンは詳しくないからダメって答えた。薬草より毒草を売りつけそう。


「あたし、採ってこようか?」


ブーケが提案した時のエヴァンの顔、びっくり仰天って感じでおもしろかった。エドとおれは顔を見合わせながら大笑い。

ブーケの植物関係の知識はほんとにヤバい。同じ植物でも環境が違えば毒を持ってたりするんだけど、おれたちには見分けがつかない。それをブーケはこれは毒草、これは薬草、これは不味い、これは食べられない、これはおいしいって全部細かく仕分けるんだ。

これって才能だよな。

でも実は彼女が不安で、一人で図書館に行って確認してるのをおれは知ってる。だからこれは努力に支えられてる才能なんだよな。

そんな彼女の才能をほとんどの人は知らない。


「なんか雑貨でも置いてみたら?」


エドも乗り気になってきた。エヴァンの美的センスはシャツに表れているから、代わりにエドがデザインしてくれるんだろう。


おれは何ができる? 二人みたいに特技があるわけじゃない。考えてみた。


「おれ、何欲しいか聞いてみる!」


おれは街中を走り回った。

先輩たちに、街の人たちに、街へやって来た人たちに、おれはもしこういう店があったら何を買いたいか聞き回った。それをエヴァンに伝えた。

街の中を一周するなんて、おれには一日もあればできた。


「トラ、おまえ足速いな」


エヴァンはそう言ってスノウサイダーをおれの目の前にビンごと置いた。


「そうでもないよ」

赤足ニンジンの方が速いし。


おれの速さの基準は、街に来た時に出会った赤足ニンジンだった。あいつらには追い付けない。

街の中を駆け回るついでに、いい匂いのするいい感じの草を採ってきた。それをブーケが仕分けして店頭に並べてみたりもした。

エヴァンの店には商品が少しずつ増えてきた。




おれたちは毎日エヴァンの所へ通った。

ああでもないこうでもないって言いながら、エヴァンの店を「あったらいいな」っていう店にしようと奮闘した。

エヴァンはおれたちにサイダーとかキャンディ、試作品の商品をくれた。それと、いろんな話をしてくれた。その話たちはおれたちに外の世界を夢見させた。

時計塔、エルフの森、魔女のパン屋、人魚の住む湖、吸血鬼たちの住む館、赤い月の昇る村。たくさんの物語をおれたちに聞かせてくれた。


おれたちはもうすぐ最後の課題に挑戦しようと考え始めた。

おれはこれからどうしよう。初心学校を終えたらどうしよう。

いつかあったその迷いは消えて、二人と同じように冒険学校へ進むことしかおれの頭にはなかった。

おれ、外の世界を旅するんだ。エヴァンの話してくれたものをこの目で見るんだ。見てみたいんだ。




今日もおれたちはエヴァンの店に行く。

店主に挨拶をして、二階に上がる。そこはいつの間にかおれたちのために解放された秘密の部屋になった。







一階の奥にある裏口は、まだ開く気配さえしていない。

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