第ニ章「エヴァンの店」

第ニ章-1「エヴァンの店」

結局、難題が終わってからおれはやる気が出なくて、学校にも行かないでふらふらしてた。そんなおれに付き合って、エドとブーケも一緒にふらふらしてた。

学校自体は行っても行かなくてもいい。初心学校っていうのはそういうシステムだから。ただ、その上の冒険学校とか専門的な学校はそうはいかない。自分が望んで選んだことを勝手に放棄するのはなしだよ。


なんだかんだ言って、おれたちは初心学校の残りの課題があと少しになってたみたいだ。同じクラスだった子どもたちが次々と卒業していく。中にはその日の内に扉から出ていくやつもいた。

おれはそいつらの背中を街の中から見送った。


「初心学校、終わったらどうしたい?」


おれは二人に聞いた。ははっ。どうしたい? なんて、あの難題みたいだよな。でもそういうこと。

エドは当然冒険学校へ行きたい。そこで魔法を学びたい。それが彼の夢だった。

ブーケも冒険学校へ行きたがった。彼女の植物に関する知識は彼の図書館の司書もびっくりだった。

おれはどうしたいんだろう。おれの世界に帰っても、そこには大切な家族はいない。誰も待ってはいない。

おれは、どうやって生きていきたいんだろう。

これからどうしたいんだろう。


おれは変わらずふらふらと道を歩いていた。




そんな時だった。いつもと変わらない、太陽が張り切り過ぎて喉がカラカラになる、そんな日。


「暑くて今日は食べられないよ」

「サラダだけでもいいから」

「むしろパンだけで…あ、痛!」


いつも通り三人でテーブルについてランチを取る。いつも通り、おれに狙いをつけた赤足ニンジンから蹴りが飛ぶ。いつも通り野菜を残そうとするエドをブーケが叱る。

全部がいつも通りだった。


「今日は、あたし花屋さんにいくの」

あのお店のお姉さんに花言葉を教えてもらうんだ。

「今日は、ぼく図書館に行ってくる」

まだ見分けられない鉱石群の種類があるんだ。

「今日はあの辺りに行ってくるよ」

あの店とあの店の間、大人には無理そうだけどおれだったら通れそうな道があるんだ。


それって道なの? そう言ってブーケは笑う。

ちゃんと戻って来いよ? 心配そうな顔でエドは言う。

おれはその頃、街の探索がおもしろくなっていた。隅から隅まで、地図にも載っていないだろうっていう裏道まで探し出してどこに続いているのか調べるのが楽しかった。

扉を通らなくても世界はこんなに広い。世界は不思議に溢れていて、不思議が隠れている。

それを見つけるのが楽しくてしょうがなかった。


いつもと変わらない、そんな午後だった。




おれは二人に言った隙間道をするりと抜けた。思ってた通り、子ども一人がやっと通れるくらいの狭い道。

その道を通り抜けると、見たことのない景色広がっていた。

隙間道からまっすぐ伸びた石畳の先には一軒の家が建っていた。後ろには森が広がっていて、入り口には看板がかかっている。

こんな所に店?

おれは目がいいから、近づかなくても看板に書かれた文字がよく見えた。


『エヴァン』


それだけが看板には書かれていた。

いや、誰かの名前かもしれない。


「エヴァン」


おれは汗をたらたら額から流しながら声に出してみた。そうしたら、急に入り口の扉が開いて中から二人の人が出てきた。

一人は薄茶色の髪をさらりと風に流してこっちに向かって歩いてくる。こんなに暑いのに長袖の真っ白なシャツ、黒い長ズボン、それにブーツ。すごくキレイな顔をしているカレを突っ立ったままじっと見ていたら、あっという間にすぐ近くまで来ていた。

速い!

カレはおれの横を通り過ぎた。

全然汗をかいてない。それに、足音。全く聴こえなかった!

それに気づいた瞬間、おれはカレの方に顔を向けた。そうしたら、二つの紅茶色の目と会った。

おれを、見ていた?

カレは何も言わずにそこから去っていった。


「なんだったんだろ」


そう呟くくらいカレは印象的だった。

去っていった先だろう後ろを振り向いた時には、カレの背中は見えなくなっていた。




「なんだったんだろ」


おれはとりあえずもう一度呟いておいた。




「あー、そこのボク?」


だから、もう一人のことを忘れていた。


「お客さん?」




ベルの軽い音と一緒に扉が開く。別にその扉は誰かを食べたり、異世界と繋がっているわけじゃない。ただ、別世界とは繋がっているんじゃないかっておれは思う。

外から店の中へ入った時、まるで別世界だって思ったことあるだろ? 店っていう別世界の空間をつくるのはその店の主人。じいちゃんだったりばあちゃんだったり、オヤジだったりババアだったり、あ、口がどんどん悪くなっていくな。お兄さんだったりお姉さんだったりする。

その店の主人はお兄さんだった。




カーテンレールに繋がれた紐の先をおれはひたすら見続ける。カーテンと一緒にぶらぶら揺れるそれはすっかり見慣れたはずのあれだった。

エヴァン「お兄さん」はその隣に新たな獲物を吊り下げた。


「大体一ヶ月くらいこうしとけば生気も抜けるんだけどさー」


それまでが長い。そう言ってお兄さんは指でそいつを弾いた。ぶらぶら揺れる仲間が一本増えた。


「赤足ニンジンが一本、二本…」


その日はなんとなく、窓の下から揺れ続ける二本の赤足ニンジンを見続けた。宿に帰ってからも頭の中では赤足ニンジンが逆さ吊り。

ディナーの時間になってもおれがあんまり静かだから、エドまでおれを心配し出して声をかけてくる。結局、ブーケのと一緒にデザートを三人分おれはたいらげた。黄色のキャロットゼリーはうまかった。




次の日は学校へ行った。課題はなかなか難しいものになっていて、もう少し攻略には時間がかかりそうだった。

エドとブーケも同じで、出来ないってわかってるから他のことをしてるんだ。


学校から帰る時、ぶら下がった赤足ニンジンが頭を駆け抜けた。逆さ吊りにされた哀れなニンジン。

おれは昨日通った隙間道を目指して、日陰になっている木の下だけをピョンピョン跳ねながら歩いた。


エヴァンの店には見たことがないものがたくさん置いてある。でもほとんどはガラクタにしか見えない。

よくわからない車輪。読めないボロボロの本。大きな釣り竿。何か巨大生物の骨。敷かれない絨毯。

そういうわけのわかんない物は、奥にあるカウンターの更に奥へ置かれている。いや、なるべく見えないように隅へ押しやってるだけだ。

だから店内のほとんどは木目がほんの少し、ホコリで白く化粧された木の板の床と壁が丸見えになっている。いくら掃除しても白くなるからそういう木じゃないの? ってエヴァンに言ったら、次の日には所々に布が敷いてあった。


「図書館行って聞いたらさ、そういう木だった」


エヴァンは毎日丁寧に掃除するのを実は面倒がってた。だからアドバイスしたおれに礼を言って飲み物をサービスしてくれた。

その日も窓際にはカーテンと一緒に赤足ニンジンが揺れていた。いつの間にか五本に増えている。

これ以上は増やせそうにない。




店に入ると、まず目が行くのはカウンターの近くに置いてある大きなバケツ!

その中には水と氷と透明なビンがたっくさん入ってる! ビンの中身はぜーんぶスノウサイダー!

どんなに暑い日でもこれさえ飲めばあっという間に氷点下! なんて言わないけど、水の掛け合いっこをするくらいには体がひんやりする。

それだけじゃなくて、泡がプクプク上に浮かぶのと反対に、時々上から下へ氷の粒が沈んでいく。それがすっごくキレイなんだ!


次に、入り口から入って左側。今なら赤足ニンジンが列を成して干されてる窓の向かいには大きな棚がある。

そこには大きなビンが二つ、それが三段。つまり合計六個入れられてる。中にはキラキラひかるキャンディたち。

赤に青、黄緑に橙、緑にほんの少し違う翠。六色のキャンディたちがビンの中にギッシリと詰められている。

おれはまだ彼らが何味か、試したことはない。

棚の近くに立つと、何処からかひそひそクスクスお喋りする小さな声が聴こえるんだ。

何処からだって? キャンディからに決まってるだろ。

宝石キャンディには小さな小さな妖精たちが住むんだ。これはエドから教えてもらったこと。

ほら、今日も何か楽しそうにお喋りしてる。


店内にはそれと、二階に続く階段だけしかない。

でも実はおれ、知ってるんだ。

一階には「裏口」があるってこと。


店の裏には大きな森が広がっている。街にはないはずの大きな森。木の一本一本が意識を持って話し出しそうな、なんだか不思議な雰囲気がそこにはある。

そう、おれたちのいる街とは違う別の世界。「森」は「異世界」なんだ。

だからおれは、もし裏口を見つけてもそこから外へは出ていかない。帰ってこれるかわかんないだろ? 森にどんなやつが棲んでいるのか、おれは全く知らないんだから。


初心学校の始めの段階で習うこと。

「森へ入ってはいけない」

それがどんな森だとしても、安全に生きていたいなら入っちゃいけない。

街が人の住む場所なら、森は獣と魔物が住む場所なんだって。街のルールが人のために、人が生きるために作られたものなら、森のルールはそこに生きるもののためのルール。おれたちには通用しない。

森のルールをおれたちが守ったとしても、それがおれたちを守ってくれるとは限らない。


おれが外を見ていると、エヴァンが一度だけ言ったことがある。


「森に行こうって考えるんじゃねえぞ」


あそこにはなかなか厄介なやつらが揃っているから。

店主は会ったことがあるのかな。その「厄介な」やつらと。


裏口の扉はなかなかヒラカナイ。

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