第四章「竜の巣」
第四章-1「竜の巣」
扉をくぐる。
目を閉じる。
目を開く。
そしたらそこは、別世界!
おれたちが最初に見たのは水だった。辺り一面の水。というか、水の中だった。
ああっ! もうだめだーーー!!!
と、思ったのも一瞬で、一呼吸すれば大丈夫ってことがわかった。そう、そこの水は息ができるんだ。
知ってる常識が外の世界で通用するかはわからない。体で知ることができるいい機会だったよ。
かなり焦ったけど。
おれの次に来たエドも、その次に来たブーケもおんなじ反応だった。
扉をくぐった瞬間に体の向きが変わったのがわかった。通り抜けた瞬間に、扉は後ろじゃなくて足の下にあったんだ。
おれたちは頭から水の中に突っ込んでいった。それが水かははっきりとは言えないけど、おれたちはそれを水だと思った。
二人に目で合図して、おれは両腕で水を掻き分けながら上へ泳いでいった。もちろん、扉は開いたままにした。
水から顔を出した時、おれの目に飛び込んできたのは紫の花だった。
青い空が見えない、かと言って雲も見えない。そこは天井だった。天井から垂れ落ちた蔦が大きな葉っぱと細かい紫の花の粒を連れておれたちの方に伸びていた。
例えて言うなら花の滝。紫の花の滝が流れ落ちてきた。その花はほんの少し光っているみたいにも見えた。
エドはぐるりと周りを見回した。右を見ても左を見ても、後ろも前もぜーんぶ岩。そこは岩の壁で囲まれていたんだ。
みっしり詰まった岩の壁は何かを閉じ込めておくためにあるみたいだった。
おれは気にならなかったけど、エドはその壁に三ヶ所だけ色の違う岩が嵌め込まれてる場所を見つけたらしい。
鉱石を含む岩は含まない岩と比べて色が変わる。それに気づけないと、何回鉱山に足を向けたって何にも手に入んない。エドだから気づけたんだ。
多分、そこの岩は固さとか厚みが違うはず。エドは一目でそれに気づいた。
ブーケもおれと同じように上を見た。植物関係に詳しいブーケだから当然のことだった。でもそのすぐ後に周りの岩壁、それから肩の下にある水面を下って彼女の視線は落ちていった。
水の底ではおれたちが通ってきた扉が開いたままになっている。だって、閉じたら無事に帰れるかわかんない。だからあの扉は開いたままなんだ。それはブーケだってわかってるはず。
じゃあ、彼女は何を見ているんだろう。
彼女はじっと水を見ていた。潜っても息ができる不思議な水。そんなにそれが不思議でたまらなかったのかな。
違うよ。ブーケが見ていたのは扉のとこにある水。流れがあるようには見えなかった。
ブーケは気づいたんだ。
この水、扉の向こうへいっていない。扉は開いているのに!
おれたちは世界を移動したけど、水は流れて出ていかない。それがどういうことかはわかんない。わかんないけど、そこには理解できない理由があるのかもしれない。
世界のルールって、そういうものなんだ。
説明できない不思議なこと。説明する意味もないくらい当たり前だけど、言葉にできないくらい難しいこと。
誰もが知ってて誰も知らない。そういうことが世界のルールなんだ。
今、目の前で起こっていることみたいに。
おれたちはしばらく浮かんでた。どうしようか考えながら。そしたらブーケが指を向こうに立ててこう言った。
「あそこに何かあるよ」
そこにはゆらゆらと大きな葉っぱが一枚、浮かんでいた。他には見当たらなかったから、おれたちはそれに向かって泳いだ。
水は冷たくも温かくもないただの水だった。ずっと浸かっててもよかったけど、水を吸った服も着たままだから体が重くなってくる。
特にブーケは体が小さい分体力がない。ってことは言わないけど、おれたち三人とももともとの産まれの世界が水に対して耐性を持っていない。
おれの砂地。エドの鉱山。ブーケの塩原。どれも水とはほど遠い。
雨の日はおれたち三人揃って体調を崩す。それもしょうがないこと。
だから、今の状況はすごくヤバい。
おれたちは必死で泳いだ。
おれたちが乗り上げたのは大きくて分厚くてなんかよくわかんない葉っぱだった。子ども三人が乗っても全然沈まない。その上には先客がいた。
大きな卵が、そこには置かれていた。
葉っぱはゆらゆら揺れる。
風も吹いていないのに、ゆらゆら揺れ続ける。
まるで赤ん坊が眠る揺りかごのようだった。
三人で卵を囲んで座る。服はベシャベシャのぐちゃぐちゃ。体が冷えてこないことだけが救いだった。
卵の下には枯れた枝がたくさん重なってクッションになっていた。火を着けたらたき火ができそうだな。そう思ったけど、言わないでおいた。
「何人前の目玉焼き作れるかな?」
いや、言ってしまった。子どもはバカ正直。腹へったと眠いには勝てない。
「あたし、ゆで卵がいいな」
ブーケも乗ってきた。
彼女は意外と食い意地が張っている。たくさんの量を食べるってことじゃなくて、食べれる少ない量を美味しく美味しく味わう。つまり、食へのこだわりが強いってこと。ゆで卵は黄身が半熟、ケチャップを白身だけにかけて食べるのが通らしい。
そんなおれたちを横目に、エドだけは冷静だった。卵を触って叩いて観察してる。
「どっちも無理。鳥の卵じゃないよ、これ」
これ、ドラゴンの卵だ。
コンコンと外から殻を叩くと、ドアをノックした時とは違う音が、
返ってこなかった。
「あれ?」
ブーケが首をかしげておれと同じように卵を叩いた。音がしない。
その時になってやっとおれは気がついた。
「ここ、音が全然聴こえない」
水の音も、波の音も、風の音も、卵を叩いた音も、全く聴こえなかった。
思い出したら変だった。あんなに必死に泳いだのに、バシャバシャ水が跳ねる音もしていなかった。泳ぐことに必死すぎて気にならなかっただけだ。
卵をどんなに強く叩いても、それこそ割れるんじゃないかってくらい叩いても、音はしなかった。ただ幸運だったのは殻が異常に硬かったこと。三人でどんなに叩いてもヒビが入る気配さえしなかった。
おれたち、そんなに力が弱いってわけじゃない。
とにかく音がしないんだ。もしかしたらきこえないだけかも?
違う。おれたちは会話してる。声は聴こえてるんだ。ここではおれたちの声しか音がしていなかった。
おれたちが扉をくぐってやって来たのは、音のない「無音の世界」だった。
水と紫の花が流れ落ちるキレイな世界。
だけど音が痛いくらいしていない、どこか寂しくて悲しい。そんな世界。
おれたちの世界とは違う、別世界。
そこにぽつんと置かれた卵はひとりっきりで誰を待っているんだろう。
鈴の音は聴こえない。
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