第四章-2「竜の巣」
卵といくらにらめっこをしたって中にいる誰かさんは出てこない。
「一旦、帰った方がよくない?」
ブーケが言った。ずっとここにいても意味ないよ。一回帰って、エヴァンさんに話してみよ?
扉は開いたままだから、おれたちは帰れる。でも二回目にここへ来られるのか。
扉っていうのは本当だったら閉じているもの。鍵をかけてもいいけど、逆に開いたままっていうのはあり得ない。開いたままじゃ「扉」の意味がないんだから。
閉じるから「扉」なんだ。開きっぱなしじゃ「門」になっちゃうよ。出ていくのも入るのも自由な「門」。
世界は閉じていなくちゃいけない。だから、おれたちが通ったあの扉も閉じなくちゃいけない。
扉を閉じたら、もう一度ここに来られるのか。おれはそれが心配だった。もう来れないなら、扉を開いたままここにいた方がいいんじゃないか。そう思うんだ。
「また来れるのかな」
エドが心配性を発揮した。むしろ、ブーケの方がそんなことなかった! みたいな顔をした。
どうすればいいかわかんなかった。どっちに進んでいいかわかんなかった。
困った、困った。お手上げだった。だからつい、おれはバカみたいにそのまま両手を上げたんだ。そしたら、ズボンが下にずり下がる感じがした。
あ、水を吸って弛くなったな。そう思ってベルトの所を見たらあれがあった。
部屋を出てくるときに渡された、巾着袋。
エヴァンの作った、探検セット!
「あ!!!」
おれは叫んだ。
探検セットの中は全く濡れていなかった。水の中でも、火の中に投げ入れられても、大きな獣に呑み込まれても安心安全の素材で作られているらしいエヴァンの商品。まだ試作だけど。
「これ、多分浮輪草が生地に混ぜられてるよ」
ブーケが袋をじっくり見て気づいたこと。それは浮輪草。
浮輪草はまるくて大きな葉っぱの浮き草。葉っぱの表はサラサラスベスベだけど、裏は見えないくらいの細かい毛がびっしり生えてて水を弾くらしい。
「あー、なんで混ぜちゃったのかなぁ」
ブーケがエヴァンに口を酸っぱくして何回も教えてた。
いいですか? もし浮輪草を使うなら、葉っぱをそのままの形で使ってください。じゃないと意味がないんですからね!
浮輪草はうまく使えば水をこれでもかってくらいに弾く。つまり、水に浮く。
これに目をつけたエヴァンは早速おれに採りに行かせた。草自体はあっさり見つかったけど、どっちが裏か表かわかんない。というか、毛が細かすぎて見えないんだよ。判断できたのはブーケだけ。
どこ見て裏って言ってるんだよ。そっち日に当たってるぞ。水に入れたら浮かんできた。ほら、こっちが裏ね。おれたちにはわかんないの!
毎回ブーケに確認取るのも面倒だからって、なぁんかエヴァンがごりごりやってたよな。ああ、ムダな働きだよ、練り込んだら意味ないのに。浮かぶまではできなくても、なんとか濡れないまでは達成できたみたいだった。
探検セットの巾着の生地はやけにスベスベしてる。けれど、本当に期待したかった浮游性はほとんどなしの浮輪草「使用」の袋。「仕様」だったらきっと浮いたはず。
そんな袋をおれたちはひっくり返した。
中に何が入っているのか知らない、宝袋。
袋をひっくり返す前におれは気がついた。ブーケが失敗生地の浮輪草に気がついたみたいに。
袋をきゅっと縛っている紐。この紐、どっかで見たことある。エドとブーケはざらざら中身を出してる間、おれはじっとりした目で紐を見た。
これは。
これは。
迷子ロープ。
というか、迷子ひも。
三人分あった迷子ひも。そのうち一本、おれの探検セットに付いていた紐をまず卵に巻いた。ぐるりと巻いた。
伸びた。
縛り付けて、その端を持って水に入った。
まだ伸びた。
潜って、底にある扉の真上までやって来た。次の一歩で扉をくぐれる。
まだまだ伸びた。
おいおい伸びすぎだ。
結局おれたちは異様に伸び続ける紐を手に持ったまま扉をくぐって、そのまま扉を閉じた。卵から伸びる迷子ひもは扉に挟まれておれたちの世界に続いている。
大丈夫。これできっとまた君に会いに来れるはず。
ただ、これって正しい迷子ひもの使い方なのかな?
「で、どうだった?」
窓の外にいるリスたちにビスケットをあげながらエヴァンがイスに座っていた。
おれたちは、帰ってきた。
世界には不思議なことが溢れている。だから、同じように不思議なことを持った存在がたくさんいる。
それは秘密だったり、特別な力とか役目だったり、もしかしたら全く別のことかもしれない。
おれたちにとって「不思議なこと」は「知らないこと」。理解できない、わからないこと。きっと大人になるにつれて不思議なことは当たり前のことになっていく。
じゃあ、大人たちにとっての「不思議なこと」って何なんだろう。それは「知れないこと」。未知のこと。誰も知らない、誰も見たことがない、知ることができないこと。今までも理解できなくて、これからも理解できない、そんなこと。
おれたちは見たこと全部をそのままエヴァンに言った。
水の中でも息ができること。
見たことがないキレイな紫の花。
岩に囲まれた空間。
そこだけ種類の違う岩がはめられた三ヶ所の穴。
浮かぶ大きな葉っぱ。
音のしない世界。音のない世界。
それと、組まれた枯れ枝の上に座る大きな卵。
「あれ、絶対ドラゴンの卵だ」
エドがはっきりと言う。
「見たこともないのに何でそう言えるんだよ!」
「もしかしたらただの五つ子の卵かもしれないのに?!」
おれたちはわあわあギャアギャア騒いだ。ドラゴンの卵なんて見たことない。それなのに突然エドがそんなことを言い出したから、おれとブーケは違うって言い返すしかできなかった。
本当にドラゴンだったら大発見だ。
ドラゴンっていう種族は数が少ない。と言っても、滅多に会えないっていう話なんだけど、これには理由がちゃんとある。
ドラゴンはヒトが嫌い。
勝手に家にやって来て、暴れて、仲間も家族も傷つけて、体も命も奪っていく。
誰のことだと思う? ヒトだよ。
高級な魔力を秘めたアイテムの代表として竜のほにゃららっていうのをよく聞く。竜のひげ、ツノ、牙、鱗。どれも一級品。
単にかっこいいからってそういう名前が着くんじゃないんだ。実際にホンモノの竜、ドラゴンの体の一部。
ヒトは、ドラゴンを殺して体を切り刻んで売り捌く。悪者はおれたちヒトなんだ。
しかも古い魔法の薬の作り方にもよく載ってる。「竜の血を混ぜて」って。どっからドラゴンなんて出てくるんだよ。無理矢理奪ってたに決まってる。
人はいつの時代だって勝手な生き物なんだ。身をもってそれを知ってるドラゴンたちは人から離れていった。人が来れない場所に自分たちの世界を作って、心を閉ざした。
だからドラゴンとは出会うことがない。
そう、初心学校で教わった。実際は「冒険者」って自称する人たちがドラゴンを探して狩る。
今でも市場には堂々と竜のほにゃららが並んでるんだ。それを見ると、ドラゴンっていう存在が身近にすら感じちゃう。
わあ、すごいなぁ。ドラゴンかっこいいなぁ。会ってみたいなぁ。
誰かが殺したドラゴンの体の一部を見ておれたちはそう思うんだ。ドラゴンが生き物だとは思ってない。生きてる生き物のドラゴンじゃなくて、おれたちが知ってるのはアイテムの一つの「竜」と本に描かれたイラストなんだ。
だから、ホンモノに出会えるなんて思ってない。
それはエドだって知ってるんだ。
でも彼は言う!
「絶対! ドラゴン!!」
「なんで!」
意味もなく声がどんどん大きくなる。
ブーケは途中で諦めて、探検セットの中身を確認し出した。
ここでやっと間に入ったのがエヴァンだった。
「あー、おまえらうるさい。エド、何でそう思うのか言ってみろ」
おれはうーうー唸りながら床に座り込んだ。片手にはちゃんと迷子ひもの端が握られている。
「うん。あのね、あの卵…」
エドの言う理由はこうだった。
まず、とにかく殻が硬い。それはおれとブーケもわかってる。だって、三人の全力で叩いてもヒビさえ入らなかったんだから。
で、鉱石が得意なエドは気がついた。自分たちが叩いてるのは「普通の卵の殻じゃない」ってことに。
早く言えよ!!! 手がすっっっごく痛かった!
触った時に響き方が変だったんだってさ。
例えるなら仕掛け扉。たまーにあるんだけど、本当に意味のわかんない二重の扉。扉を一つ開いたらまた扉があるってやつ。
一ヶ所だけじゃなくてたまに見かけるから理由があるんだと思う。何かのルールがあってそういう扉にしてる。
そういう扉ってさ、ノックした時に響き方が違うんだ。扉の震え方、なのかな。二重の扉は大体一枚ごとに材質が違う。
手前が木、もう一枚が鉄。そんな感じに違う。だからノックをした拳の力の伝わり方も違う。扉の震え方、空気の響き方。それが普通の一枚扉とは違う。扉は二回震える。
エドはそれを、あの卵に感じた。
おれたちが叩いた外側は鉱石の殻。確かに鉱石を叩く手応えだったってエドは言う。これは信用できることだった。だって、彼は鉱石と宝石の世界で産まれ育ったんだから。誰よりもその感覚を覚えてるはずなんだ。
二重の殻。だから硬い。どんなに叩いてもおれたちの力じゃ殻の中まで響かない。
じゃあ、外側の殻は鉱石なのか。これもエドの経験から違うって言う。正しく言うと「半分」違う。
エドの世界、ジュエルシティにはヒト以外にも生き物は住んでいる。その中には鉱石を食べて生きている生き物だっている。そういうやつらは大体、体の表面が鉱石になってたり、鉱石の中のいらない部分を外に出したりして共存してるらしい。
ヒトはそういう共存ができなくて、体が拒否する。寿命を縮める鉱石病になる。エドたちジュエルシティの人たちは鉱石に対して敏感になったらしい。おれたちにとっては過敏としか思えないほどに。
鉱石か偽物か混ざりものか純正か。彼らには少し触っただけでわかる。あの卵は「混ざりもの」。生き物と鉱石が混ざっている。
ただ、エドは混ざりものであれだけ大きな卵を産む生き物は知らない。ジュエルシティにもいない大きさの混ざりもの。そう、ドラゴンだ。
ドラゴンには環境に適応する特性がある。そう図書館のドラゴン博士が言っていた。
あの卵を産んだのはドラゴンだ!
エドは力強くそう言い切った。
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