第一章-2「三人の主人公」
おれとエド、ブーケはそれぞれ別の世界からこの街にやって来た。
例えばエドの話。
エドワード、今じゃエドって呼ぶんだけど、エドはジュエルシティの出身。名前の通り宝石を売ってお金を稼ぐ町らしい。
売るだけじゃなくて、石から切り出して加工までするんだってエドから聞いた。指輪とかネックレスとかのアクセサリーも作るんだって。
中には魔力が宿ってたり、妖精が住んでる石もあるから、そういうのは魔法を使えなきゃ加工ができない。エドは将来そういうのを扱いたいんだって。ジュエルシティでは魔法使いは貴重らしいから。
だから、エドはおれとは違って真面目。授業もしっかり聞いてる。たまに寝てるおれとは大違い!
で、さ。初めてエドから宝石の話をしてもらった時、はっきり言って何の話をしてるのかわかんなかった。おれの世界には鉱石なんてほとんどなかったんだよ。石より砂の方が多かったかも。
光る石なんて見たことなかった。光る砂ならいくらでも見れたけど。だから、ついおれはエドに言っちまったんだ。
「そんな石ころ、いくつあっても」
おれには宝石の価値が解らなかったんだ。キラキラ輝く宝石。確かにキレイかもしれない。キレイかもしれないけど、おれにとってはただの石ころ。
エドにとっては。
エドにとっては、命を繋ぐための方法そのものだった。
鉱石を加工して、宝石にして売らなきゃエドの世界の人たちは生きていけない。
そんなことも知らないで、おれは軽口を叩いちまった。
もちろんその後はケンカした。なんであいつが怒ったのか、おれには解らなかった。
「なんでだよ!」
エドは、口を閉ざした。
誰にだって譲れないものっていうのはあるんだ。
例えばブーケの話。
ブーケは塩ノ原の出身。一面真っ白な塩でできたその原っぱには人は住めない。人だけじゃなくて生き物なんて住めない。
人も動物も、木も草も生きていけない。土の上に敷かれた白い塩が水分を根こそぎ吸い取っちゃうんだってさ。
じゃあ、ブーケはそんな世界の何処に住んでいるのか。
彼女の家族は塩の薄い所を選んで家を建てるんだって。それでもすぐにダメになるから、また別の場所に移動して建てる。それを繰り返しながらいろんな場所を転々とする。
建てる家は簡単な物なんだって。おれたちがテントを建てるみたいに、ほんとに最低限なもの。ダメになるのがわかってるから。
そんな暮らしをするから、塩ノ原の人たちはみんな小柄。男も女も、大人も子どもも関係なく小さい。
もちろん、ブーケも。
その話を真面目な顔をした彼女からされた時、おれもエドもそうなんだくらいにしか思ってなかった。彼女が本当に伝えたかったことは別だって知ったのは、ずっと後。
ブーケっていう女の子はクラスの中でもひときわ小さい。薄茶色の長い髪を首の後ろで二つに分けて、みつあみにしてる。
小さいからさ、おれの前の席が彼女でも全然余裕でその前の席のやつの頭が見えるんだ。
小さいからさ、いつだって食堂のランチが食べきれないんだ。それをほんとに申し訳なさそうな顔するもんだから、おれとエドは残った物を手分けして片付ける。と言っても、単に食い足りないだけなんだけど!
小さい彼女が唯一食べ残さないのがある。それはイチゴ。
塩ノ原には変わったイチゴが生えてて、というかそれしか生えてないみたいなんだけど、塩イチゴっていうんだって。そのまま!
塩の厚い所に花畑があって、そのイチゴ自体も真っ白。甘くてしょっぱい野苺のジャムは特産品として欠かせない。そう言うブーケの目はキラキラしてた。
いつか行ってみたいな、って呟いたらさ。ブーケはやめといた方がいいっておれに言うんだ。その塩イチゴ、収穫が難しいからって。
塩の大地に足を着けると、あっという間に干からびちゃう。だからコツがいるし、時間との勝負。彼女は簡単だよって言ってたけど、後で塩イチゴの値段調べてみたらなかなか高価だった。つまり、そういうこと。
赤足ニンジンの捕獲とどっちが難しいかな? おんなじくらい?
小さいブーケの、あ! 何回も小さい小さい言ってるとブーケが来そうだな。
ブーケは小さい。だから体力もそんなにないし、大きくて重い物も運べない。はっきり言って弱い。
そんな彼女の自慢は、植物に詳しいこと。
塩ノ原は塩イチゴ以外ほとんど植物がいない。だから、もっともっといろんな花とか木とかフルーツ野菜ハーブ。植物のことを知りたいんだって。
彼女も外の世界に夢と憧れを持っているんだ。
そんなブーケともケンカしたことはある。
そう、エドの時みたいに。
何回も何回も言うけど、ブーケは体が小さい。年齢的にはおれとエドと同じらしいんだけど、とにかく小さい。
女の子だからって理由じゃなくて、とにかく小さいんだ。いつだってクラスの中で一番小さい。
ほら、これだよ。
「小さい」「小さい」って言ってたら、いつの間にか彼女は口をきかなくなってた。
おれにも、エドにも、その理由は解んなかった。だって小さいもんは小さいんだからしょうがないだろ?
ブーケは小さいんだよ。それを言うのが悪かったのか。彼女が「小さい」っていう事実を意外と気にしてたのか。おれたちには解らなかった。
なんでブーケが怒っているのか、エドが怒っていた時みたいにおれには解らなかった。
「なんでそんなに怒るんだよ!」
ブーケは、口を閉ざした。
譲れないものっていうのは誰にもあるんだ。
おれにもあるみたいに、エドにも、ブーケにもこれだけは絶対に譲れないっていうものがあった。
おれだって二人と同じように維持を張って口を閉ざす時もあった。ケンカした。どれも些細なことだよ。
些細なことだからケンカしてもいつだって仲直りできた。口をきつく閉じても、「しょうがないな」で終わらせて笑って許すことができた。
おれたち三人の繋がりなんてそんなもの。
だけど、ある時おれたちの間で大ゲンカが起こった。
おれたち三人が大ゲンカしたのは…
いつだったかな?
そうそう。街に来てからそこそこ時間も経ってて、食堂のメニューにあっさりサッパリしたものが並び始めた頃。暑くなってきたから、そういうのが食べたくなる。そういう時期。
そんな時期にあの難題が出されたんだ。
『どうしたいか考えろ』
そういう課題だった。たまにあるんだ。突拍子もないっていうか、課題のタイトルを聞いてもぱっとしない。でも出されたものを見れば、ああそうかって納得する内容の課題。
一回っきりしか出されない課題で、それに落ちる子はいないらしい。そんな課題を、おれたちの間では「難題」って言うんだ。
試されてる。今の自分を試されてる。そういう、課題。
その時の難題は目の前に人が倒れてて、それをどうするかっていうものだった。簡単に言うとね。
結局、倒れてる人っていうのは人形だった。人形を幻で知ってる人に見せていた。
その時のおれたちには知らされなかったんだけどさ、そういう難題だったんだよ。知り合いが倒れていたら、自分は『どうしたいか考えろ』っていう課題。
焦ったよ。ヤバい、どうしよう、どうしたらいいんだろう。それしか考えられない。
きっとみんなも最初にそう感じたはずだよ。
目の前には知り合いが倒れてる。しかもその人は傷だらけで血も吐いてる。
さあ、どうする? どうしたい?
エドはすぐに諦めてその人を放置した。助からない。もうダメだ。諦めよう。
エドは、そうすることを選んだ。
ブーケはその人の脈を取った。生きているのか、死んでいるのか。彼女にはそれを判断する知識があったから。
その人は死んでいた。脈がなかった。だってその人は人形なんだから、脈なんてあるはずない。
だから、ブーケはその人を埋めた。死者を弔った。
ブーケはそうすることを選んだ。
おれは…
おれは、服を破って傷口を縛った。顔色を確認して何で血を吐いているのか空っぽの頭で導き出した。
おれは、ただひたすらその人が生き延びれるように作業をした。と思う。
おれ、覚えてないよ。そんなに頭もよくない。だからこれは、おれの世界での常識なんだ。死にそうな人がいたら生きれるように足掻く。産まれたときからそうやって教わってきた。きっと、そうだったはず、なんだ。
それがおれの世界の常識だったんだ。そうだった、と思う。
正しいとか、間違ってるとか、そういうんじゃなくて、こうしなくちゃいけない。そういう世界でおれは生きてきた。生きてきた、はずなんだ。
先生がもういいって言うまで、おれはそこにうずくまって人形を生き返らせようとしてたみたいだ。だからさ、次にエドとブーケに会った時には、おれ、二人に怒られたんだよ。
「何であんなムダなことをした!」
課題は合格。そうしなくちゃいけないって考えたんだから。だけど、おれがしていたことは二人にとって理解できないものだった。
何で助からないだろう人を助けようとした。シラナイヨ
何で死んだ人の隣に居続ける。シラナイヨ
おぼえてないよ
だって、おれの見えていた人形は両親の形をしていたんだから。
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