第一章「三人の主人公」
第一章-1「三人の主人公」
おれが世界を繋ぐ扉をくぐったのは、今のところ一回だけ。村からこの街に来た時の一回きり。世界っていうのは街とか村とか、あと、国、砂漠、森。そういうのを繋げるのが扉って言われるやつ。
小さい? 小さくても大きくても世界は世界だよ。世界を行き来するのは大変なんだ。冒険者だって勇者だって魔法使いにだって難しい。どんなに小さな世界同士だってね。だから扉を使うんだ。
その技術はむかーしむかし、お月様が生まれるよりもっと昔の人が作り出したんだって。
世界と世界を繋ぐ扉。もっと遠くに行けるようになった。すぐに行きたいところに行けるようになった。
でも、帰って来れるかはわかんない。だって扉の向こうは別の世界なんだから。
別の世界のことなんて、わかるはずないだろ? 隣の人のことだってわかんないのに。
それに、帰って来られない理由は他にもある。ある、らしいんだ。ちょっと信じられないような理由が。これを知っちゃうと、もう何処にも行けなくなっちゃう。
おれ? おれは、まだそれ知らないよ。学校じゃ習わないことなんだもん。
子どもたちはいつかは一人立ちする。一人で立って、歩けるようになる。時間の差はあっても、それは誰にでもやってくる試練。なのかな。
立って歩けるようになると話せるようになる。言語の違いはあっても声を出して、他の人と意思を通わせようとする。始めはワガママを通そうと。次に意地を通そうと。
段々やわらかくなって、他の人の声を聞くようになる。理解しようと耳を傾けるようになる。
理解できてるのかと言われたら、もちろんできてない。でも聞くようにはなる。
「自分の名前は×××です」
名前が正しく言えるようになったら子どもは独り立ちする。
産まれた世界を出て、生きていく世界を夢見るためにこの街へやって来る。たったひとりで扉をくぐって、パチリと一回瞬きをすれば青空が広がる大きな大きな街が目の前には広がっている。
『ここがフロンティアガーデン』
扉を背にした子どもは誰だってまずはそう思う。
見たこともない新しい世界。
知らない未知の世界。
誰もがその小さな胸をときめかせて、ぱちりと瞳を輝かせる。
期待を胸に!
何かが起こりそうな予感を胸に!
ドキドキどきどき心は跳ね回る。おれもそうだった。きみも、きみたちもきっとそうだった。
どんなに飽きっぽい子どもでも、その扉をくぐった時の驚きは一生忘れない。おれも、きみも、絶対に忘れない。
頭の中に宝箱があるならさ、きっとその日の景色は額縁付きでいっちばん目立つところに飾られる。おれはそう思うんだ。だって、そこから始まるんだ。
冒険とか、長い旅だとか。友だちとの付き合いもさ。全部がそこから始まるんだ。おれの父さんも母さんも、きみの家族も、みんなそう。誰もが通る扉なんだ。誰もが立つ、始まりの場所なんだ。
ここは王のいない都、フロンティア ガーデン。
誰もが未来を見据えて辿り着く、始まりの都。夢と希望を手に抱えた子どもたちが集まる、初めの場所。
そこに立つのはいつだってひとりきり。
誰かと同じ冒険なんて嫌だ。自分だけの冒険がしたい。自分だけの特別な冒険がしたい。きみも思ったこと、あるだろ?
でも、いざ独りでそこに立つとさ。すごく不安になるんだ。世界でたった独りだけ。
嬉しいだろ? 望んだ特別な冒険が目の前にあるんだよ。自分にだけに与えられたとっておきの贈り物だ。さあ、泣かないで前を向こう。淋しくたって大丈夫。
今は独りでも、同じように独りの仲間ができるさ。
きっと、きっと出逢えるさ。
ここは出逢いを待つ庭の街なんだから。
扉がある世界の子どもたちは、できる限りこの街の初心学校に通うことになる。王都・フロンティア ガーデン。王様のいない王都。
おれたちはここでたくさんのものと出会う。それに、出会えないものとの出逢いをここで待つことになる。
街はどんなところかって聞かれたら、これしかない。
『すごいんだぜ! この街!
いろんな世界のいろんなものがここに集まってる! 人も、物も、ここに集まってる!』
おれもそう思った。思ったから、どう思うって聞いた先生にそう言った。そしたら、先生はそれは違うって言ったんだ。集まってるんじゃなくて、通過してるんだって。
この街は世界を繋げる中間地点。世界と繋がっているんじゃなくて繋げているんだ。
橋渡しってやつ?
だからいろんなものが溢れてる。人も物も、知識も。それに不思議なことも!
例えばさ、おれがこの街に来て初めに驚いたのは食堂でのランチ。テーブルの上には山盛りの蒸し野菜。その山の頂上にあいつが足を組んで座ってたんだ。
赤足ニンジン。
なんだこれ? 誰が見ても動いてたけど、皿の上にいるんだから食べるべきかなって思ってフォークで刺そうとしたんだ。そしたらさ。蹴られた。
あの真っ赤な二本の足で!!!
いや、痛くなかったよ? 痛くなかったけど、ニンジンに蹴られるってどんな話?
ほんと信じられなかったよ。
今ならそれが普通だって知ってるさ。赤足ニンジンは動き回る。だから皿の上に乗ってても食べなくていいの。
知らなかったおれは隣のテーブルのやつに笑われた!
おれを蹴ったニンジンはスキップで食堂を出ていった。なんか悔しくて後ろを振り返ったらさ、おれ大爆笑。
何があったかって? さっきおれを見て笑ってたやつがおんなじようにニンジンに蹴られてやんの! しかも回し蹴り!
笑われた分笑い返してやったよ。
赤色ニンジン~♪
そいつと初心学校で隣の席になった時は笑いが止まらなかった。もちろん、隣に座ったそいつも笑い始めた。またこいつかよ! ってね。
それがエドワード。今のおれの親友第一号。
知ってるか? 赤足ニンジンってさ、大人でも捕まえるのが難しいらしいんだよな。中には俊足っていうやつもいるらしい。こいつがまた素早くて、おおかみ少女だって追いつけない。パートナーの狩人と協力してやっと捕まえられるって話。
速すぎておれたちには見えたことがないけど。
みんなには、見えてる? 見えてない?
親友第一号がいるってことはもちろん第二号もいる。それがブーケっていう女の子。学校の席ではブーケの後ろにおれ。おれの右隣にエドワード。いつもそういう並びになってた。
初心学校っていうのは課題が達成できればすぐに次の課題にいける。だって「初心」なんだから。できる子は一年もしないうちに街から出ていく。
その後どうなってるのかは知らないけど。
だから入学した時に隣の席に座っていても、すぐに入れ代わる。
おれの場合はできがいいとは言えない部類の子だった。どうでもいいことを間に考えちゃってはたまに失敗する。
エドとブーケは真面目過ぎて失敗する子だった。細かいことを考えすぎて失敗するか、詳しく調べて満足するまで先には進まない。
おれたち三人はずっと同じ席だった。ブーケの後ろにおれ。おれの右にエド。ずっとそういう席。
周りの子がどんどん入れ代わる中で、二人だけはずっと一緒だった。すごく、安心した。
おれは一人でこの街に来たんだ。だから、だからさ。
…寂しかったんだ。
一人ぼっちで知らない世界にやって来て、学校に通う。不安で寂しくて、淋しかった。こわかった。おれは世界に一人っきりだった。
それは、二人も同じだった。
だから、同じように別の世界からやって来て、同じように学校に通う二人はおれの中では特別だった。特別な、親友になった。
おれたちは、特別な親友なんだ。
おれたちが通ってる初心学校っていうのはさ。生きていくための最低限必要なこと、つまり「初心」を教えてくれる学校なんだ。
その中には世界ごとにある技術は入っていない。おれが村で教わった速く駆ける方法、エドの教わった鉱石を探す方法、ブーケの塩イチゴの草原までの行き方。そういうのは一つも入ってない。学校では習わない。
そういうのは世界ごとにある技術だから、はっきり言って、なくても生きていける。できないやつの方が多いんだからさ。
おれは鉱石なんて探せなくても、塩イチゴの草原になんて行けなくても生きていける。だってそういう世界に産まれたんだから。エドだって、ブーケだって同じだよ。
でも、初心学校で習うのは生きていくのに必要なこと。おれにも、エドにも、ブーケにも必要なこと。
まず、おれたちは「食事」を覚える。ナイフとフォークの使い方じゃないぜ?
腹が鳴るだろ? 腹が減るだろ? おやつを食べるだろ? そしてまた腹が減る。息をしている間はずっとこれが続くんだ。腹が減らなくなるのは息が止まったとき。
そう、死んだとき。
死んだ人は腹が減らない。腹が減るのは生きているから。だから初心学校ではまず「食べる」ことを学ぶんだ。生きていくために生きる方法を教わる。これが初心学校なんだ。
誰だって通る道。初心学校。
この学校でおれとエドとブーケは出会った。まだ外の世界も知らない、ぴよぴよの雛だった。
おれたち三人は毎日ワクワクしながら学校に通った。
数日はな!
毎日毎日泊まってる宿舎と学校の往復。
はっきり言ってつまらない!
三人揃っても行く所と言ったら図書館くらい! おれたち、そんなに真面目ニンゲンじゃない!
食堂に行ったら行ったでなんでか赤足ニンジンには蹴られるし。おれが何したって言うんだよ!! 何にもしてない!
っていう賑やかな理由とは別に、おれにはなんかこう思うことがあった。図書館通いをやめちゃった理由。
別に赤足ニンジンに蹴られすぎて頭バカになったとかじゃない。多分そう思いたい。
初心学校っていうのは課題を達成できたら次に進むっていうシステムなんだ。つまり、始めは簡単。ちょっと難しくなってきて、あーだめだー。に、なる。最後の方がどん詰まりってやつ。
だからなおさら最後の方の課題になるほど達成に時間がかかる。どの先輩もそうだったよ。
課題の内容を考えて答えを出す。その答えを自分で示す。どういうのかは知らないけど、きっと今のおれたちが聞いたとこで答えなんて出せない。そう、思う。だって最後の課題なんだから。
とにかく、おれたちは課題達成を目標にしていればあとは自由ってこと。
自由は暇ってこと。
暇人、爆誕。なーんちゃって。
結構最初の課題で文字の読み書きを習うから、図書館に行っても専門書じゃない限りはおれたちは本を読める。気になる所はその階の司書さんに聞けば教えてくれる。
司書っていうのは本の案内人。図書館にある本のことで、この人たちより詳しい人をおれは知らない。
世界に一つしかないその図書館は、階ごとに専門の分野が分かれてる。一つの階には一つの専門分野。一つの専門分野には一人の司書。そういう造りになってるのが、その図書館なんだ。
しかも一年に一回、図書館は新しい司書を迎える。新しい分野が毎年増えるんだ! 今年はどんな人がどんなことを教えてくれるんだろう。
司書さんたちはみんないい人たちだよ。子どもも大人も分けないで「来館者」っていうまとまりでおれたちと付き合ってくれる。何日も通えば名前だって覚えられたよ。
たださ。その図書館の司書さんたちには決められたことがあったんだ。
図書館の外に出ちゃいけない。それは「出られない」ってことと同じだった。彼らはみんな、司書っていう役目を選んで図書館に入ったときにそうなるんだって。
彼らはその場所に縛られている。死ぬまでとかじゃないんだ。多分、中にはもう死んじゃってるけどそこに居続けてる司書さんもいる。
おかしいよな。おかしいよ。
でも、彼らにとってはそれが正しい選択だったんだと思う。何日も通って彼らと話したから、おれたちにはそれがわかった。
わかっちゃったから、気づいちゃったから、余計に苦しくなっちゃったんだ。
「外に出ない」っていう選択は、彼らが真剣に考えて出した答えだった。それなのに、おれたちには受け入れられなかったんだ。そんなのあり得ない、そんなの違う、ってね。
おれたちは、図書館で暇な時間を潰すことをやめた。
あんなに楽しい図書館通いの時間はあっけなく終わっちゃった。
それでも図書館はそこにある。学校からだって見える、上に上に伸びた世界に唯一の図書館。
おれたちはそこでどんな人が本を並べているのか、もう知っている。
知識を必要としたとき、おれたちはまたあの場所の扉を叩くんだろう。彼らはいつだって、いつまでだって、探求者の訪れを待っている。
暇があればあのときのおれたちみたいに図書館へ行くといいよ。外には出られなくても、図鑑とかの写真を見ては外の世界を想像する。それはすごく、すごく。すっごーく。
楽しい時間だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます