プロローグ「Frontier Garden」
はじめて冒険を目にする君たちへ。
コロン…♪
…コロン…♪
どこからかきこえてくるこの音はなんだろう。
今の君にわかるかな?
王のいない都へようこそ。ここは可能性と未来を開拓する冒険者の街。
名前は、そう、「フロンティア ガーデン」!
あっちに見えるのが大図書館。この世界にただひとつの図書館だ。
あっちに見えるの国役所。冒険の手続きはあそこで済ます。
今日も賑やか市場と公園。市場ではなんでも勢揃い。公園では今日こそ楽しい出会いがあるかもな。
あっちに見えるのが初心学校。冒険者になりたくてもならなくても誰でも始めはあそこから。もちろん、おれもそこに通ってる。
その隣に見えるのが冒険学校。もしも冒険者を目指すなら、あそこへ通っておいた方がいいんだってさ。おれはどうするんだろう。
行きたい? 行きたくない?
外を見るのは大好きだ。知らないことばっかりで目も頭もパチパチして、胸がドキドキして、鼻血が出そうになる。多分これは興奮しすぎ。
冒険したい? 冒険に出れば知らないことに出会える。でも、それは簡単なことじゃない。おれ、知ってるんだ。
笑って冒険に出掛けていった人たちのほとんどは帰ってこないって。
知らないことは良くて悪いことなんだ。大丈夫大丈夫、って軽く思いながら帰ってこれるほど、冒険っていうのは簡単じゃない。
冒険してみたい。外を、別の世界を見てみたい。
でもそれは、自分の命とひきかえにできると思えるほど?
子どものおれにはまだわからない。
誰もが通る通過点だって、誰かが言っていた。選択肢は全ての命に対して平等に与えられるんだって。
外に出るのも? 街に居続けるのも?
今大人になることも? ずっと、子どもでいることも?
みんな同じ道を歩いているの? みんな同じおやつを出されているの? その中でどっちを選ぶのかは自由だって?
クッキーとビスケットを出されてどちらか選べる。おれはケーキが食べたい。平等な選択肢っていうのは同じ選択肢なの?
おれにはわからない。
選ばないことも選択肢の一つだなんて、おれはまだ知らない。もちろん、全部を選ぶっていうことも。
わからないことだらけだけど、この王都はおれを歓迎してくれてるんだと思う。
毎日が楽しい。毎日新しくて違うことでドキドキワクワクする。でも、やっぱりちょっとはつまらないって感じることだってある、のかな。知らないだけなのかな。
もっと学校でいろんなことを勉強して大人になれば、もっと違うものも見えてくるのかな。
ああ、早く大きくなりたいな。強くなりたいな。
もっと、いろんな世界を見てみたいな。
自分にとって良い道を選びなさい。大人はおれたちに言う。
今は見えてない他の道を、おれたちには探すことができるのかな。探し出して、これだ! って決めて、進むことがおれたちにできるのかな。後悔しないで生きていけるのかな。
あなたはどうなの?
そんなのわかんない。
この街に来る前は、みんなおれのことを「トラジロウ」「トラザブロウ」「トラマル」とかって言いたい放題だった。
違うって。おれの名前は「トラスケ」。家族全員が名前に「トラ」を飼ってるから、それ以外はおまけみたいなもん。
家の中では「ボク」って呼ばれる。一番小さい子どもだから。
前に住んでた所ではおれはただの「トラ」だった。それも一番小さいトラ。間違っていないし、言い返せないからおれは何も言わなかった。
それが後に続いてて、街に来た後もおれは「トラ」って呼ばれる。街には「トラ」はおれ一人。だから、小さくてもおれはトラなんだって思えたんだ。
もっと強く。もっともっと強く。
大きく立派に。
あの「トラ」みたいに。
もっと速く。もっともっと速く。
名前に負けないように。
おれは「トラスケ」。
名前にトラを飼う虎の村の出身。名前はトラでも虎じゃないからな。尻尾だって生えてない!
そういう初めての自己紹介を、もうこの街で何度しただろう。
未来の自分は何になりたい?
勇者、剣士、騎士、どれもみんなかっこいい。まだまだ夢は見放題なんだから、大きく言ってもいいだろ?
医師、コック、パティシエ、意外とその辺もいけるかも? 未来は決まってないんだから、何にだってなれるはず!
子どものおれたちはずっと先にいる大人のおれたちに向かって歩いていく。その途中にこの街はある。
大人になるために? ううん、違う。自分の道を選ぶためにこの街を通るんだ。選ぶときを待つためにこの街はあるんだ。
どんなに強くてすごい英雄だって、みんな始めはここから一歩を踏み出した。同じになんてなろうと思わない。でも、そんな人たちが驚くくらいのことをしてやりたいとは思う。
今は小さなことだけど、いつかはきっと大きなことになる。
おれの将来の夢はまだ未定。これから選んでいけばいいんだよ!
おそれるな!
進め!
前へ前へ、もっと前へ。たまに休んでまた前へ。
前に進むことをこわがるな。勇者じゃなくても勇気を出せ。
進まなくちゃ何も始まらない。知らないことに、わかんないことに飛び込んでいかなきゃ何も変わらない。
おそれるな!!
進め!!
自分の決めた道を突き進め!
それが一人っきりの道でも、信じて進め。仲間がいるならもっと信じてみんなで進め。
泣いても笑っても、後で後悔だけはしたくない。だって、おれが信じて選んだおれだけの道なんだから。
この街は、道を選ぶための通過点。道に進むための休憩所。
「もっと」を望む全ての人が、何かを手にして何かを失う通過点。
おれたちはこの街でたくさんのものと出会うだろう。力とか、知識とか、魔法とか、仲間とか。それと、不思議なもの。
この世界は不思議で不思議で、不思議に溢れている。出会わないことさえ不思議のひとつ。そんなことを言い出したのは誰なのか。
そんなの知るはずないよ。おれはその人とこれまでも、それからこれからだって出会う時は来ないだろうから。
でも、どうでもいいんだ。おれたちはこの目で不思議なことと出逢っていく。それが一番大切なことなんじゃないの?
おれたちは、今、この世界に生きている。
今日はどんなことと出逢えるのかなぁ。ああ、楽しみ!
ようこそ、みなさま。
…なんちゃって。
門は開いた! ここはフロンティア ガーデン。
王都と呼ばれる街、フロンティア ガーデン。
主のいない庭、Frontier Garden。
おれたちの物語はここから始まる。
ようこそ、みなさま。
ページをおめくりになってくださいませ。
冒険の物語は、あなたの手で開いて行くのです。
さあ、始めましょう。
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