第四章-4「竜の巣」
子どもっていうのは単純な生き物でありまして。
どんなに困って焦って頭がぐるぐるしてても、飯食ってあったかい毛布の中で一眠りすればあっという間にさあやるぞ! っていう気持ちになれるものであり。
更に、ムリだやめろって言われるほどやってやるぜ! ってムダに燃えてしまう生き物でして。
つまり次の日には朝日に向かって吠えるくらいに大興奮しながら、いそいそと探検セットを詰め込む姿が三つ見られるってわけ。
生きてるドラゴンは何処にいるの?
博士は答えをくれた。
大きな卵を産むくらい大きいドラゴンが住むには、あの無音の世界は小さいんじゃないか。なら、どこかに別の場所へ抜ける道があるはず。
どこに?
エドが見つけた三つの岩。周りとは違う岩がはめこまれたその場所はきっと穴が開いている。抜け道がある。もしかしたら、おれたちが通る扉とは別の扉があるのかもしれない。その先は。
「ドラゴンは人を嫌うよ。離れたがる。でも、ドラゴン同士は案外近くにいるものなんだ」
どんな理由にしてもね。
ドラゴンの世界の近くには別のドラゴンの世界がある。博士の言うことが正しいなら、その扉か抜け道から別の世界へ行けるはず。
迷子ひもを! 迷子ひもを伸ばさなきゃ!
どんなに遠くへ行ってもまた帰って来られるように。
おれたちは新たに迷子ひもを一本ずつ、探検セットの袋へ入れた。
もしドラゴンと会えたとして、どうやって涙を手に入れるの?
お願いします! 頭をどんなに下げたってドラゴンは涙なんてくれるはずない。人はドラゴンにとって嫌われる存在で、価値がないんだから。
どんな言葉だって彼らには届かない。
それでもおれたちは卵のためにドラゴンの涙が欲しい!
「噂によると、竜の泣き所というどんなドラゴンも一押しで涙を流すというそれはそれは恐ろしい場所がドラゴンにはあるらしいのです」
そんなことを教えてくれたのは一つ下の階の司書さん。黒い髪をした魔法使い。その人は、図書館を降りようとしているおれたちに声をかけた。まるで、全部知ってるみたいに。
「一瞬だけ、鱗が光るところがあります。それが泣き所です」
一瞬だけ光る。そんなのわかるのかな。
声に出てなくても顔には出てたんだろう。その人はおれの目をまっすぐ見てこう言ったんだ。
「トラの目だったらきっと見えます。見つけたら、あとは適当に頑張ってくださいね~」
その人らしい言葉だった。全部の答えを用意してくれるんじゃなくて、少しは自分たちで考えろってわけ。
答えを出すおれたちのことを信用してるから、そう言ってくれるんだ。
「なんと! これを食べればちょっといいことが起こる気がします!」
渡された小さな紙袋の中には星の形をしたキャンディが三つ入っていた。
「あ、ありがとうございます」
「食べてから扉をくぐるといいですよ」
冒険の最中のおやつじゃないみたいだった。なんか、先に食べておけって言われてるみたいで。
答えは出ないままおれたちは図書館の出て行った。後ろからあの司書さんの声が聞こえたけど、言っていることの意味はその時のおれたちには解らなかった。
「まもなく流転の日。奇跡の星が降ってきますよ」
その司書さんは、おれたちなんかよりもずっとずっと年上の人なんだ。
先を生きるっていうことは、きっと子どもが知らないことも知っている。そういうことなのかも知れない。
知らないことを知るには、机の上に開いた本を開いて書いてあることを頭に詰め込むだけじゃダメなんだ。いろんな時間を生きて、そこから何かを見つける。それが大切なんだ。
ホラ、産まれてから死ぬまでの時間ってスゴくミジカイ。短いから大事なんだ。
その制限時間内にどれだけ「知る」っていうことができるか。それがおれたちの最終課題なんだよな、知らないけど。
黒猫が目の前を横切っていった。目が合った黒猫は、何も言わずに図書館の方へ駆けていった。
その日、おれたちはいつもの食堂でいつもの食事をとって外へ出た。空は雲が多くて、ゴロゴロ雷も鳴っていた。雨が降るかもしれない。
でも、おれたちは行く。
季節は秋がやって来た。どしゃ降りになるかもしれない。強い風が前から吹き付けるかもしれない。
それでもおれたちは行く。探検セットを持って、初めての冒険に行く。
初心学校の近くの広場でドングリを拾った。ポンポン弾けるドングリの実。ちょっとの数なら火花が散る程度の「ポン」具合なんだけど、たくさん集めて投げれば爆発するちょっと危ない爆発「ドン」グリ。
試作品の探検セットの中にエヴァンはそのドングリを小瓶に入れて潜ませてくれた。踏んでも割れない小瓶の中にはドングリがいくつか、コロコロと入っていた。まだまだ入りそうだった。
だからおれたちは出かける前にドングリを拾って、小瓶に入るだけ詰め込んだ。何かの役に立つ気がする。
ドングリを拾いながら、司書さんにもらった星形のキャンディを食べた。
不思議に、何味かわからなかった。例えるならこれが星味って言うのかもしれない。何味かわからなかった。
腹はいっぱい、探検セットもいっぱい。ついでにやる気も満タンで、おれたちはエヴァンの店に向かった。
何度も通った、あの細くて狭い道をやけに長く感じた。おれが見つけた子どもだけが通れる道。
その日だけはするりと通り抜けた。
おれたちは、冒険に出かける。
空の青は雲で隠れてしまっていた。雷の鳴る音が低く、低く、唸っていた。
もうすぐ嵐がやって来る。
キレイに鳴り響いていたはずの鈴の音は、もう、おれたちの耳には聴こえていなかった。
誰にも、聴くことはできなかった。
待ってて。きっともうすぐ会えるよ。
おれたちは初めての冒険に足を踏み出した。
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