第1話-2ヨアソビ解禁
するりと扉を通り抜け、小さな小さなリスが森から村へやって来ました。手には銀のスプーン。
リスはスプーンで窓のガラスを叩き、ノックをします。
森に住む彼らは森から出てはいけません。ですがそれはルールではありません。
扉を守る大木が彼らを外へ出さないようにするから、彼らは外へ出れないのです。
それは約束事なのです。
その森を造り、根を張って大木となったエルフは彼らに約束事をしました。
「この森の中では守ってあげる。傷つきたくなければ外へは出ていかないで」
それはエルフと彼らの約束事でした。
エルフはルールを作りはしませんでした。ルールというのは人が作った勝手なものなのです。「ルール」という掟で縛り付け、縛り付けた獲物が逃げないようにするために作った枷なのです。
ルールは時に守ってくれるでしょう。ですがその意味を理解しなければただの枷、重しにしか感じないのです。
エルフは森に住み始めた彼らと約束をしました。この森にいるなら、外のバケモノから守ってあげる。無意味に命を狩られることなく生を遂げなさい。
エルフは外の世界にいるものから彼らを守ると約束したのです。そして、彼らのために約束を守り続けるのです。
森の中ではその約束事の下に集った彼らが自由にあそびはじめました。
するりと扉を通り抜け、森から獣がやって来る。
小さな小さな森のリス。イタズラ大好き、森のリス。
銀の爪音響かせて、腹ぺこ小リスは窓を叩く。
遊ぼう、遊ぼう、子猫ちゃん。
低い声で出てこいと、森の獣は誘いかける。
森に住み彼らも約束を守り、外へ出ていくことがほとんどありませんでした。「森」が彼らの「世界」だったのです。
ですが中には約束を忘れて外へ飛び出してしまうものもいます。例えばリス。森のリスは毎日毎日窓を叩きたくて仕方がありません。
エルフは言いました。
「外の世界で窓を叩いたら、森へ帰っておいで」
リスはその言葉を忘れることはなく、窓を叩き終われば帰って来るようになりました。そして次の日になると再び外へ出かけて行くのです。
コンコンコン♪
コンコンコン♪
ノックを三回リズムに乗せて
今日もまたリスが扉を通り抜けていきます。
リスが外の世界ですることと言ったら、窓を叩くことと、たまに贈り物であるクルミを置いてくることくらい。そしてまた、エルフとの約束を守って森へと帰っていくのです。
彼らは自分の住むエルフとの約束事を大事に守り続けます。それは決められた枷であるルールではないからです。自分が守りたいと思ったから、彼らはエルフとの約束事守るのです。
彼らはその森を作ったエルフが大好きなのです。
さて、「約束」ではなく「ルール」を課せられた村や町の人はどうでしょうか。
人は無闇にルールを作りたがります。これをしてはいけない。あれをしてはいけない。一つの枷が外れても他の枷が獲物を縛っていられるようにするためです。せっかく産まれた獲物を逃がしたくなくて、人は必死なのでしょう。なんておバカな生き物なこと。
そのルールの一つとして村や町の外へ出て森に行ってはいけないというものがあるのです。ルールを破った人は帰ってきませんでした。だからルールを守る人はこう思ったのです。
「扉の向こうにある森へ行ったら帰ってこられない」
誰も森に行った人がどうなったのか知りません。語る人が帰ってこないのだから当然です。
帰ってこられないから行ってはいけない。誰もがそう思いました。
森に行ってはいけない。特に、夜の森には近づいてはいけない。
それは特に重要なルールでした。重要だからこそ、誰もが子に厳しく守らせようとしたのです。
親も子も、何故重要なのか理解しないまま育てられます。その次の孫も、きっと理解しないままそのルールを守らされます。それが教育というものなのです。
ルールを守らせるということが、人にとって最も重要で価値のあるルールである。そう信じる人ほどルールの本質に気づくことができないまま、一生を枷に囚われ続けるのです。
そう、人はずっと枷に囚われ続けるのです。
重いでしょう。辛いでしょう。苦しいでしょう。時にルールは雁字搦めになり重荷となるでしょう。腕を縛ります。足を縛ります。首を縛ります。重いでしょう。辛いでしょう。苦しいでしょう。嫌でイヤでそれでも守らされるのでしょう。守れ守れと強制されるから余計に嫌になるのでしょう。
時に人はその枷から逃げ出したくなる。苦しくて苦しくて息ができなくなる。その苦しさはやがて血を流すほどの痛みを伴ってあなたを襲うでしょう。逃げたい。逃げたい。逃げ出したい。そこから逃げ出したい。ここから逃げ出したい。でも逃げ出せない。
人はいつだってそこから逃げ出したいのです。ルールだらけで自由のない、ツマラナイ世界から逃げ出したいのです。
だから世界はとっておきのルールを用意しましたとさ。
コンコンコン♪
コンコンコン♪
ノックを三回銀の音
コンコンコン♪ コンコンコン♪
コンコンコンコン
コンコンコン♪
叩いているのはリスじゃない
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