第11話 ヒロインさんの憂鬱

 私が前世の記憶を取り戻してから、一週間が経過した。

 私はハナコさんと仲良くなっていた。彼女から「ミッちゃん」と呼ばれるくらいに、である。

 誰かに「ちゃん」付けで呼ばれることなど、前世においても今世においてもなかった、夢のような体験である。


 ハナコさんはころころと笑いながら自分のことを教えてくれた――ここに来る前は病院と学校を行き来するような女子高生をしていたこと、そして彼女のフルネームを漢字で書くと、『三龍院みつりょういん華奈子はなこ』ということ。

 ……ハナコって、本名だったのか。しかし、名字も含めて、漢字になると格があって格好いい名前である。


 いつも彼女は楽しそうにしていたし、ハキハキした元気な娘さんであった。

 だが、本日は――、今朝からあまり元気がなかった。いつもキラキラ輝いている黒い瞳に、なんだか惑いがあるのだ。


 一時間目の休み時間。ハナコさんは机の椅子に座り、頬杖をついて窓の外を眺めていた。

 気になった私は声をかけてみた。


「ハナコさん?」


「……なぁに?」


「どうかしましたか、浮かない顔をして」


「ちょっとね……。いろいろあって」


「もしかしてホームシックですか? もとの世界に帰りたいとか」


 彼女は突然この世界に来た稀人まれびとである。里心がついて当然だ。


「ううん、それは違うの。確かに家に帰りたいとは思うけど、今はとにかくここの生活に慣れようって思ってるところだから……」


「では、ダリオ先輩と何か?」


 ダリオ先輩からのつきまといがなくなった――と笑顔で教えてくれたのは、つい3日前のことである。

 いつも放課後に一緒に帰ろうと待ち構えていたダリオ先輩の姿が、その日を境にぱったりとなくなったのだという。

 かわりにルカ先生と会うことが増えたと彼女は言っていた。それはつまり、パラメータ管理がうまくいっている、ということの証左であるはずだった。


 なのに、何故彼女は浮かぬ顔をしているのだ。もしかして、パラメータ管理が不十分で、ダリオ先輩のフラグが復活してしまったのだろうか?


「ううん、それも違うの。ダリオ先輩じゃなくて……、メガネ様がらみっていうかね……」


「メガネ様がらみ?」


 メガネ様といえば、ハナコさんがつけたルカ先生のアダ名である。


「……なんかね、昨日の放課後、メガネ様の研究室に遊びに行ったらね……」


 おお、もうそんな仲になっていたのか。1週間の内にずいぶんフラグが進行したものだ。


「そしたら、研究室に女の子がいて……」


 研究室に、女の子?


「その子、すっごい美人で。先生と仲良くお喋りしててね……、私、全然入る隙がない感じで。しかもその子、私のこと……ちょっとさ、こう、優越感っていうの? メガネ様との仲を見せつける、みたいな。そんな感じで睨んできて。それで私、なんか惨めな気分になって、逃げ帰っちゃって」


 そう言うと、彼女はため息をついた。


「はぁ……、私、もう駄目かも……」


 おお、すごい――私は思わず感嘆の声をあげそうになった。


「その方、もしかしてアレイディラ・ローレリアという名前ではありませんか?」


「え? 知ってるの?」


 意外そうな顔で私を見るハナコさん。

 知っているも何も。その人こそ、このゲームの悪役令嬢だ。


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