第14話 カラッとした感情

 まあ、それはいい。

 私はフォークを置くと、ダリオ先輩のアイスブルーの瞳をじっと見つめた。


「ところで、なんの用ですか? 私とランチなんて?」


 本当は私ではなくてハナコさんに用があるのではないだろうか? 何せこの前までハナコさんのストーカーだった人である。

 私のことが邪魔になったから、ちょっと捻っておこうと、そういうことなのかもしれない。

 すると、彼は軽く肩をすくめた。


「……女の子からの熱い視線はいつでも大歓迎だが、どうも君の場合は勝手が違うな。視線が痛い。だから睨むな」


「睨んでいるつもりはありません。ただ見つめているだけです」


「目つきはそんなに悪くないんだがなぁ、君は。得体の知れない迫力があるんだよな」


 彼はぶつぶつ言いながら首を振る。


「……一応安心して欲しいんだが、ハナコのことはもう完全に諦めたよ。俺は諦めは悪いはずなんだが……、ハナコに関しては、妙にカラッとしているようだ」


 あっ、と私は声を出しそうになった。そうだ、彼の言うとおりだった。私は思い違いをしていた……!


「そうですね。その切り替えのあざやかさは、あなたの特性の一つです」


 というか、ダリオ先輩だけに限らず、攻略対象全員がハナコさんに対してある意味であざやかなほどにドライなのだ。


 ゲームシステムに人情は入らない。カラッとしている。昨日まで好きだったものが、今日になったら興味がなくなる……なんてことは、このゲームにおいてはままあることだ。パラメータの閾値を超えて好感度が変化したのだから、それは当然のことだった。彼ら攻略対象の好意は、非常にデジタルなものなのである。

 だから、パラメータが動いた今、ダリオ先輩はハナコさんに驚くほど未練はないはずだった。


「いっとくけど普段は結構ジメジメしてるんだからな、俺は。ハナコが特別なんだ……」


「分かっています。あなたにとって、ハナコさんはまさに特別な女性なのです」


 というか、攻略対象全員にとって、ゲームヒロインであるハナコさんは特別な女性である。

 ゲームシステムで決められた女性であり、それぞれの人生に深く関与してくるレベルの、まさに運命の女性ファム・ファタールなのだ。


「あなたのその決断を、私は歓迎いたします。ありがとうございました」


 いくらシステム上当然のこととはいえ、彼のあっさりした心変わりはハナコさんにとって『益』である。

 すると、ダリオ先輩は眉根を寄せて困ったような顔をした。


「なんというか、君は本当に異質だな」


 ふむ、と私は頷いた。

 彼の言葉は、私にとって『是』だ。


「認めます。確かに、私はあなたたちにとって異質な存在です」


「君は……」


 まるで怪しいものでも見るようにアイスブルーの目を細め、ダリオ先輩は言った。


何者・・だ?」


「……………………」


 私は押し黙った。

 彼の質問は、つまりは私の正体を指しているのだろう。


 私がこの物語の外から来た人間だといったら、彼は信じるだろうか?

 ちょっと頭の中でシミュレーションしてみる。


『私はこの世界の外から来た転生者です』


『は? なにを言ってるんだ、君は?』


 ……にべもない。これは無理だ。信じてもらえないだろう。



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