第3話 からまれてるヒロインさん

 その日の放課後のことである。

 昇降口で靴を履き替えていると、靴箱の向こうから喋り声が聞こえてきた。


「そんなこと言わないでさ。いいだろ?」


「で、でも……」


 甘ったるいようなイケボと、それに対してなにやら難色を示しているのはハナコさんの声。


「大収穫祭舞踏会の、君のドレスの相談をしたいんだ」


「えっと、だから、その……」


「な?」


「あ、あの、すみません! 私、行かなきゃいけないところがあって!」


「じゃあそこまでエスコートするよ。君は俺のお姫様だからね」


「そ、そういうことじゃなくってですね……っ」


 ふむ、と私は頷いた。

 いつも元気なハナコさんが困っている様子。

 放っておいてもいいのだが――、やはり、困っている人は助けたい。例えそれがゲームヒロインであり、私がモブであったとしても。

 人間の親切心とは、そんなものである。


 私は、靴箱を周りながら声を掛けた。


「ハナコさん、どうしました?」


 靴箱の向こう側には、案の定、ハナコさんと――そして背の高いイケメンがいた。

 黒髪黒目の可愛いハナコさんはいいとして、金褐色の髪にアイスブルーの瞳の背の高い、男らしい格好いい系の美少年……。

 おお、と思わず感嘆の声が漏れそうになる。私は、この人を、知っている。


 アルサーヌ学園2年生、ダリオ・ローレンだ。ゲームにおいては体力値担当の攻略対象である。攻略対象のなかで一番背が高く、甘いマスクと甘ったるい声と激甘な女性好きというキャラ設定で、プレイヤー人気も上々であった。

 ちなみに私とハナコさんは1年生で15歳、彼は先輩キャラなので2年生で16歳である。前世アラサーだった私には、眩しいくらいの若さである。


 私が声を掛けると、ハナコさんがパッと顔を輝かせた。


「あっ、えっと……、ミシェールさん!」


 彼女はこちらに駆け寄ってこようとしたが、ダリオ先輩に腕を捕まれて引き留められてしまった。


「待った待った、姫。君との話はまだ終わっていないよ」


「でっ、でも、あのっ」


「それよりサロンに寄ってお茶でもどう? ハナコの好きな焼き菓子も付けるよ」


「あ、あのっ、私っ」


「今日は天気が良いし、テラスで食べるのも良いかもしれないな。君とは一度、ゆっくり話してみたかったんだ」


「それは無理な相談ですね」


 ダリオ先輩のあまりの強引さに、私は思わず口を挟んでいた。


「ハナコさんには用事があるのですよ。この私との用事という、重大事項がね」


 本当はそんなものないが、ここはそういうことにしておいた方が角が立たないだろう。


「……君は誰だい?」


 金褐色の髪の格好いい少年――ダリオ先輩は、怪しげなものを見る目つきで私を見た。

 まぁ、当然の反応であろう。

 私はモブ。ゲームでは、彼ら攻略対象の背後にいるような存在なのである。


 彼が私のことを歯牙にも掛けないのは当たり前だ。


「これは失礼いたしました。私はハナコさんのクラスメイトのミシェール・ミスカと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」


「そうか。俺はハナコの騎士、ダリオ・ローレンだ。こちらこそ、よろしくな」


 何を言っているのだろうか、この騎士様は。この人は王家を守る名門騎士の家系の生まれで、このゲームのラスボスこと王子アルベルトを守護する騎士なはずである。それがハナコさんの騎士だって?

 私は彼の甘ったるい目線に真っ向勝負を挑むように見返した。


「馬鹿なことを言っていないで、その手を離してあげて下さい」


「馬鹿なことだと?」


「あなたはアルベルト王子の騎士でしょう。主を二人持つとか、そんな勝手をして許されると思っているんですか」


「それはそれ、これはこれ、だ」


「そんな曖昧な忠誠、ハナコさんの迷惑ですよ」


「そういう話じゃないんだが……」


 ダリオ先輩は整った顔に困惑をの色を浮かべた。


「俺は騎士だ。騎士のお相手といえばお姫様と相場が決まってるだろう?」


「なんといわれようと……。それに、ハナコさんは姫ではありません」


「ハナコは姫だ。騎士である、俺の姫だ」


 ふむ、と私は頷いた。

 ゲーム画面を通しては分からなかったが、この人は話が通じない人だ。

 私は小さく息をつくと、彼に告げる。


「とにかく、即刻、その手を離してあげてください。彼女は用があるのです」


「へぇ、なんの用があるっていうんだい?」


 咄嗟に、私は嘘の予定を頭の中で組み立てた。


「私とともに図書館に行くのです」


「図書館だって?」


「そうです。今日の授業の復習をすると。そんな真面目なことを言われたのです、ハナコさんは」


「……ふぅん?」


 ダリオ先輩が目を細める。


「それなら俺も一緒に行こう。彼女の騎士として護衛をしなけりゃならんからな」


 私はキッパリと首を振った。


「いえ、結構です」


「遠慮することはないさ」


 再度キッパリと首を横に振る私。


「いいえ、結構です」


「邪魔はしない。隣の席に座って、ハナコの真面目な横顔を見つめていたいだけだ」


 キモいな。イケメンだからって、いくらなんでもキモい。


「なぁハナコ、君からも言ってやってくれ。俺も一緒のほうが安心できるって」


「…………」


 ハナコさんが黙り込む。

 そして。


「……ごめんなさい」


 ぺこり、と頭を下げるハナコさん。


「私、ミシェールさんと一緒に行きます。すみません」


「ハナコ……」


 驚いたようにアイスブルーの目を見張るダリオ先輩は、しばらくハナコさんをじっと見下ろしていたが――やがて、諦めたようにため息をつき、手を離した。


「……分かったよ。じゃあ、邪魔にならないように、図書館の前で待機しておこう」


 全然分かってなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る