第4話 騎士先輩ダリオの物語

「ミシェールさん……」


 ハナコさんが困った顔をして、私についと視線を向けた。

 私は、大きくうなずいた。


「大丈夫ですよ、ハナコさん。ダリオ先輩には私が言い聞かせておきます。なので、早く行ってください」


「え、行くって?」


 行く場所があると言っていたのは彼女なのだが、あれは逃れるための方便であったか。じゃあ仕方ない、私の方便に合わせてもらおう。


「私と行くといえば、図書館に決まっているではないですか」


「あ、うん! ありがとう!」


 たっ、と駆けていくハナコさん。


「あ、ちょっと待っ――」


 あとを追おうとするダリオ先輩の前に、私はすっと立ち塞がった。


「あとを追わせるわけにはいきません。ハナコさんにはハナコさんの人生があるのです」


「……なんなんだ、君は」


「自己紹介はもうしました」


「ああ、ミシェール……だっけ。聞いたこともない名だな」


「そうですか」


 ふむ、と私は頷いた。

 まぁ、攻略対象にとってモブなんて、所詮はそんなものだろう。


「君みたいな娘が、なんで俺とハナコの間に立ちふさがるっていうんだ?」


「それは、難しい問題ですね」


 本来なら、放っておいてもいいはずだった。

 否、放っておくべきなのだろう。

 私はただのモブだ。主人公たるハナコさんが攻略対象と諍いを起こしていたとしても、それを止めるのは私の役目ではない。


 ――ただ。困っている人を放っておくことができなかった。

 それだけの話。

 私は少し考えて、口を開いた。


「ハナコさんは嫌がっていました。それを無理矢理連れていこうとするのは良くないと思います。ゆえに、老婆心ながら助けさせていただきました」


「……俺の姫は俺と一緒にいるほうが幸せだよ」


「あなたは――」


 私は、すうっと息を吸った。

 仕方がない、イケメンのくせに物わかりが悪いったらない。もうハッキリ言おう。


「――ハナコさんに、母親の影を被せるのを即刻やめてください」


「なっ……!?」


 息を呑み、目を白黒させて、ダリオ先輩は私を見た。


「き、君は何を言ってるんだ……?」


「そのままの意味ですが」


 私は、まっすぐに彼を見た。


「正直に申し上げます。あなたがハナコさんを好きなのは、ハナコさんのなかに亡きお母さまの姿を見たからです」


 このダリオ・ローレンという人は、そういう設定なのである。


 幼い頃に母親を亡くしたダリオ先輩のもとに、新く若い義母がきた。だが、ダリオ先輩はその人を母親とは認められず、しっくりいかない。そうこうしているうちに義弟が生まれ、父も義母も義弟に掛かりっきりとなり、ダリオ先輩に構わなくなった。

 そんななか成長した彼は、やがて貴族学院であるアルサーヌ学園に入学。

 学園生活を送るある日、ゲームヒロインと出会い、彼女に亡き母の面影を見てしまったのだった……。


 ――と、いうお話が、彼のストーリーである。そしてこの世界においてのゲームヒロインはハナコさんだ。


「そ、それは……」


 ダリオ先輩は目を見開いたまま、何も言えないようだった。

 私は畳みかける。


「いいですか、ダリオ先輩。よく聞いてください」


 私は彼のアイスブルーの瞳を真っ直ぐに見つめて言った。


「確かに、ハナコさんはあなたのタイプの女性です」


 断言した。

 というか、ゲームシステムとして体力値を上げていればわりと簡単に攻略できるのがこのダリオ先輩なのである。それはつまり、体力値を上げているハナコさんはダリオ先輩のドストライクであるということを意味する。


「が、しかし、だからといって、亡き人の面影をハナコさんに被せるのはやめた方がいいです」


「な、なんのことかな」


「私がこんなことを言うのも何ですが、ダリオ先輩、あなたのそのやり方では誰も幸せになりません」


 彼は、亡き母の面影を追っていろんな女性に癒やしを求めているうちに、プレイボーイキャラになってしまった……という設定である。でも、そんなことをしていても、粉を掛けられた女性のためにも、なにより彼自身のためにも――なるわけがない。


「なにを言ってるんだ、君は……」


「ハナコさんは、――いえ。どの女性も。誰も、あなたのお母さまの代わりにはなりませんよ」


 ゲーム本篇だと、ダリオ先輩を攻略するときに、このダリオ先輩のマザコン癖をゲームヒロインがうまいこと解していくのだが。

 少なくとも『この世界』のゲームヒロインたるハナコさんはそのつもりはなさそうだし。


 そう。一連の諍いではっきりしたのだが、やはりハナコさんの狙いはダリオ先輩ではない。それなのになんで体力値をダリオ先輩とのフラグが立つまで上げたのかは、はなはだ疑問だが……。


「そんなこと、言われなくても分かっているさ」


 ムッとしたように、ダリオ先輩は唇を引き結ぶ。


「だいたいなんで君がそんなことを知っているんだ――」


 ダリオ先輩が言いかけたとき。


「ミシェールさん!」


 ハナコさんが戻ってきた。


「ハナコさん……」


「やっ、やっぱり心配だから来ちゃった。早く図書館行こ!」


「え、あ、はい……」


 ハナコさんに腕を引っ張られて、私は歩き出す。

 ダリオ先輩は、私たちを呼び止めることもできず、その場に立ち尽くしていた。



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