第5話 ヒロインさんの好きな人
「ごめんなさい、ミシェールさん。私のせいで迷惑かけて……」
図書館に向かう道すがら、申し訳無さそうに頭を下げるハナコさん。
――変わったところがあるとすれば、頭を下げつつ腕はしっかりダンベルを上げ下げしていることであろうか。
「いえ、あなたは悪くありませんよ。悪いのは、ダリオ先輩です」
はっきりと告げると、ハナコさんは少し驚いたような顔をして、それから笑みを浮かべた。
「ありがとう、ミシェールさん。えへへ……、でもなんか、嬉しいな」
はにかんで、彼女は言う。
「私、一人で、誰とも仲良くなれなくて、いつもひとりぼっちだったから。……ミシェールさんが助けてくれて、すごく嬉しかった。ほんとにありがとうございました、ミシェールさん!」
「どういたしまして」
ふむ、と私は頷いた。いいことをすると、気分が晴れやかになる。
クラスにおいて、彼女と仲良くしようとするものがいないのを、誰も責めることは出来ないだろう。
彼女は異界から来た
彼女自身、突然公爵家の養女となり、この世界の貴族の子女の振る舞いなど分かるはずもないことだった。
正直、彼女はクラスで浮いた存在であった。
だが彼女はゲームのヒロインなのである。ここを乗り切れば、未来はイケメンとのハッピーエンドで明るいはずである。多分。パラメータ管理をヘマしない限りは。
……せっせせっせと上げ下げするダンベルが気になるところではあるが。それで体力値を上げているのにダリオ先輩を迷惑そうにするって、矛盾しているのだが。
もしかして、ゲームシステムを知らないのだろうか。
「……はぁ」
疲れたように、ハナコさんが息をつく。が、その腕はダンベルをせっせせっせだ。
「この世界に来てびっくりすることだらけでね……。ダリオ先輩のことはつい後回しにしてたの。そしたらストーカーみたいなことになっちゃって。気が滅入っちゃうよ」
「ふむ? あなたはダリオ先輩には興味がないのですか?」
――じゃあなんでダンベルで体力値を上げているんですか? 言外にそういう意味を込めて確認すると、ハナコさんはちょっと照れたように笑って言った。
「うん……。実はね、私、好きな人がいるの」
「ほう、好きな人」
意外であった。その意外さとは、じゃあなんでその人が担当するパラメータを上げずにダリオ先輩の攻略要件である体力値を上げているんですか、という意味の意外さである。
「えへへ。私、実はね」
声を潜め、照れるような仕草でダンベルを上げ下げするハナコさん。
「……誰にも言わないでね。あのね、ミシェールさんだから言うんだからねっ」
顔を赤らめつつも、せっせせっせとダンベル上げ下げをするハナコさん。
「二人の秘密だからねっ!」
――焦らすなぁ、と他人事のように思いながら、私は新しい感覚に胸を支配されて彼女の紅潮した顔を眺めていた。
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