第2話 だってモブだもの

 乙女ゲーム『空と誓いの狭間(フロンティア)』。そのラスボスこと王子アルベルトは、ハナコさんの隣の席にいる、あのプラチナブロンドの少年である。ラスボスは身近なところにいる。これは、そういうゲームなのである。


「……ハナコ、これ」


 私の前方の机では、ラスボスこと王子アルベルトがハナコさんに、そっとあんちょこたるノートを差し出していた。


「あっ、マルキスの大革命がありました!」


「はい、いいですね」


 ルカ先生が苦笑いしながら頷いた。


「異界から来たとはいえ、きちんと国の歴史を勉強することは大事ですからね」


「はいっ!」


 元気いっぱいに返事をしてから、彼女は隣のアルベルト王子にぺこりと頭を下げた。


「アルベルト王子殿下、教えてくれてありがとうございましたっ!」


 満面の笑みが、ハナコさんの横顔に浮かぶ。まるで天使のようである。

 片口で揃えられた黒髪に、黒く輝くまあるい瞳。


 ――ゲームの彼女は、とても可愛いイラストで表現されていた。

 数々のイケメンヒーローたちのハートをゲットするヒロインなのである。これくらい可愛くないとリアリティがない――そんな制作者たちの声が聞こえてきそうな可愛さであった。それは実際にこの目で見ても変わらない可愛さとして、私の心に突き刺さる。


 ――ふむ。

 私は首肯した。

 可愛いって正義だよね。


「さて、このマルキスの大革命ですが、これから1ヶ月後に行われる大収穫祭の始まりともされていますね。大収穫祭では、皆さんもご存じの通り、当アルサーヌ学園でも舞踏会が開かれます。皆さんはもうパートナーは決まりましたか?」


 眼鏡の奥の瞳をにっこりと細めるルカ先生。

 アルサーヌ学園の大収穫祭舞踏会……、それは、ゲームでは一大イベントとして設定されていた。その時点で一番好感度の高い攻略対象がパートナーとして誘いにくるため、攻略の指針となる重要なポイントである。


「私はまだ決めていません!」


 ハナコさんが言うと、ルカ先生はまた困ったように笑った。


「あと1ヶ月ありますからね。そう急ぐ必要もないでしょうが、少し焦った方がよさそうですね」


 と、なにやら矛盾することを言う。


「まあ、ハナコさんの場合は誘ってくれそうな男性がもういるようですが……」

「あのっ先生、よければ私と……っ」


 同時に発せられたルカ先生とハナコさんの言葉が空中で真っ正面からぶつかり、ハナコさんが息を呑んで口をつぐむ。


 ――ふむ。私は頷いた。なにやら戦火の気配。


 ハナコさん、まさかのルカ先生狙い? しかし私の前世のゲーム知識によれば、ルカ先生は知力値担当の知性派イケメン攻略対象。体力値をせっせせっせと上げているハナコさんとは相容れない存在である。


 まぁいい。私には関係のない話だ。

 ゲームヒロインたるハナコさん、彼女が攻略する存在である攻略対象のイケメンたち。そしてそのうち出てくる悪役令嬢。

 ただのモブである私には関係のない、キラキラ青春恋物語がそこにある。


 いずれも私には関係のないことだ。


 私は、――ふむ、と頷いた。

 主人公一派とは関係なく、私は私で生きていこうではないか。

 だって私はモブだもの。



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