第9話 学力値を上げよう

「やった! 私、頑張るね!」


 ハナコさんはガッツポーズを取った。


「私、勉強滅茶苦茶頑張る! それでルカ先生に好きになってもらう!」


 その様子に、私は焦った。

 この人、まさか普通に勉強しようとしている……!?

 私は慌てて説明を始めた。


「ハナコさん、あなたは勉強をする必要はないのですよ?」


「え? でも学力を上げたらルカ先生に好きになってもらえるんでしょ?」


「あなたは丈夫になりたいと思っただけで、普通の人には見えないダンベルが現れて運動ができるようになりました。それと同じ事を、今度は学力でするのです」


「どういうこと?」


「つまり、あなたの場合ですと、学力を上げるのに普通に勉強する必要はないのです。心から強く『学力を上げたい』と思ってみて下さい。さすれば道は開けるでしょう」


「へぇー」


 ハナコさんは感嘆の声を上げ、「分かった」と言った。


「やってみるね!」


 そして、彼女は少しのあいだ口を引き結んで精神統一した。

 すると、すっと、彼女の手に、本が現れる。


「あ……」


「それです」


 私は思わず本を指差した。


「それが、あなたの学力を上げるのです」


 ゲームでは学力値を上げるとき、デフォルメされたプレイヤーキャラクターが本をぱらぱらと読む、という動作がなされる。彼女の手に現れた本が、その時に出てくる本の拍子にそっくりなのである。


「これが……?」


 と、彼女は自分の手に現れた本をぱらぱらとめくった。


「……? これ、何書いてあるか分からないんだけど……」


 言いながら、彼女は私にもその本を見せてくれた。

 そこには○やら△やらといった記号の羅列があるだけで、意味がありそうな言葉は何一つなかった。

 私も首を傾げつつ、ハナコさんの手にある本を覗き込む。


「内容に特に意味はない、ということでしょうか。その本は、学力を上げるための寓意アレゴリーとしての勉強の象徴シンボル、つまりは本という偶像アイコンなのかもしれません」


「ふーん……?」


 首をひねりつつ、彼女はその本をぱらぱらとめくり続ける。本一冊をめくり終えたところで、彼女は「あっ」と小さく声をあげた。


「なんか、頭が良くなった気がする」


「学力値が上がったのです」


 私は断言した。そういうゲームシステムだからだ。そして、今、同時に少量だが体力値が下がったことだろう。

 これを繰り返せば確実にルカ先生のフラグは立ち、同時にダリオ先輩のフラグはなくなる。


「へぇ~!」


 彼女は目を輝かせた。


「すごい、ミシェールさんってよくこんなこと知ってるね!」


「どういたしまして」


 私は微笑んだ。

 心の内には、晴れやかで美しい青空が広がっていた。

 こ、この感覚は癖になる……!

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