第19話 特異点を突破

 私の動揺など気づくこともなく、ハナコさんは言葉を続ける。


「それで、なんか殿下も興味持ってくれて。満更じゃなさそうだったよ。だから、ミッちゃんももっと積極的にアピールしてもいいんじゃない?」


 そこで彼女はようやく私の様子がおかしいことに気づいた。


「え、どうしたのミッちゃん? 顔真っ赤だよ!?」


「……………カハッ」


 私は乾いた吐息を吐いた。私には刺激が強すぎる言葉。

 親友……!

 全身を駆け巡る血液が沸騰しているかのように熱くなり、私はくらくらしてきてしまう。


「ミッちゃん、大丈夫? ミッちゃん!」


 明らかに様子がおかしい私に慌て、ハナコさんが私の肩を掴んで揺すり始めた。


「ミッちゃん、ミッちゃん!」


「……ハナコさん」


 私は肩におかれたたおやかな手に、自分の手を重ねた。


「……し、親友って……その……本気、ですか?」


「え? あっ」


 さっ、と彼女は顔を青くする。そして慌てて手を離すと、俯いてしまった。


「ご、ごめん……。そうだよね、親友って、私が勝手に言っちゃって。それで怒っちゃったんだよね……」


 え? なんでそうなるの?


「ち、違います」


 しゅんとする彼女に、私は首を振る。


「違うのです。……その、『親友』という言葉が、とても嬉しくて……」


「へ?」


 掠れる小さな声で告げると、ハナコさんは驚いたように目を見開いた。


「嬉しいの?」


「はい。その……、親友と言われたのなんて、始めての経験で」


 というか友達自体始めてなのに。それがいきなり親友にステップアップするだなんて……!

 私は感動に震える両手で、ハナコさんの手を包み込んだ。


「いいんですか、その……私なんかが親友で」


「もちろんだよ!」


 晴れやかな笑顔で彼女は言ってくれる。


「ミッちゃんは私の親友だよ!」


「あ、ありがとうございます!」


 私は感極まって、思わず彼女を抱きしめた。


「あっ……、す、すみませ――」


「えへへっ、私も嬉しいよ、ミッちゃん!」


 自分で自分の行動に驚いた私は、すぐに離れようとした。

 しかし、彼女は私のハグを受け入れてくれ、それどころかなんとぎゅーっとハグし返しまでしてくれるではないか。ああ、なんて温かくて柔らかい身体……!

 彼女からいい匂いがする。これは、シャンプーの香り。ハナコさんはフローラル派か……。私は薬効がありそうだからハーブ系を使っていたけど、これからはフローラル系にしよう。お揃いにしよう。絶対そうしよう。


「それで、ミッちゃん?」


「はい、なんですか?」


 彼女がハグを解いたので私も手を引っ込め、にじんできた涙を悟られないように目をパチパチさせた。

 彼女は心配そうに私の顔を覗き込む。……そんなに見ないでください。泣いてるのなんて、さすがに見られたくない……。こんなことで泣くだなんて、キモいって思われてしまう……。


「ダリオ先輩から何か言われたの?」


「ああ、それですか。……大したことないのですよ」


 王子が私に興味を持ったとか、それがハナコさんのお節介が原因だとか。

 そんなもの、もう『親友』という言葉の前にはどうでもいいことじゃないか。


 というか、今、ハナコさんに不必要な注意をして、せっかくの『親友』という特異点シンギュラリティを突破した感動を崩したくはなかった。

 私たちは親友なのだ。親友!

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ヒロインさん、体力値はいくら上げてもメガネ様は落とせませんよ~モブ転生した侯爵令嬢の知識は無敵です~ 卯月ミント @shiragashi

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