第21話

 ジェイクさんが連れてきてくれたのは、とっても立派な宿屋だった。

 等間隔に精巧に積まれたレンガが目を引く美しい建物だ。


 その建物が宿屋「ドラゴンの宿り木」である。


(名前の由来が気になる……)


 凪は複雑な気持ちである。

 ジェイクはナギがドラゴンだとは知らないだろうが、ドラゴンということを隠したい凪にとってはドラゴンであることから逃れられないと突きつけられているようで微妙な気持ちになったのだった。


 宿屋の前で建物を見上げたまま動かないナギを見て、ジェイクは「どうした? 気に食わないか? ここは飯は上手いし料金の割に部屋は広くて綺麗だし、紹介制だから誰でも宿泊出来るわけじゃない特別な宿だぞ」と言う。


「え、紹介制なんですか?」

「ああ、ここは高位の冒険者御用達の宿だから一般は宿泊出来ないんだ。紹介制なのは高位な冒険者の追っかけっていうのか? ただ見目の良さに群がってファンクラブとか作るような暇人たちの集まりだな。自分の好きな冒険者と同じ宿に泊まりたいとかそういう不純な目的で宿泊する一般人が増えたせいで仕方なくだな」

「ファンクラブとかあるんだ……」

 凪はこころの声が思わず漏れただけなのだが、その小さな声をジェイクの耳は拾ったらしい。

 懇切丁寧にファンクラブとはについて説明された。

 ジェイク曰く、自分の好きな冒険者たちの姿絵を何枚も手に入れて街で見かけたらキャーキャー騒ぐ団体で、その数はかなり存在しているのだそう。

 一人の冒険者に複数の団体があることもあり、派閥的なものまで出来ているのだとか。

 しかも、団体によっては相手の迷惑を顧みることなく追いかけ回すこともあるそうで、冒険者たちがギルドに抗議をしているそう。


(それはやっちゃいけないよね。相手にも生活や仕事があるんだもの……好きだからこそ相手に対する行動のルールやマナーは大切だと思う)


「抗議を入れてもギルドとしては団体を完全に無くしたくないらしいのが、また厄介なんだよな。ギルドのいい収入になってるのが大きいんだろう」


 ギルドが冒険者たちの姿絵や身につけている宝飾品のレプリカなどを販売しているらしい。

 上位人気の冒険者たちの人気は絶大でかなりの収入源になってるのだとか。

 抗議されるような団体であればあるほど熱心なファンで大量に購入してくれることから、あまり厳しい対応が出来ないらしい。

 もちろん、その売上の一部はギルドから冒険者のギルドカードに振り込まれるので、損だけではないという。ただ追いかけ回されるような人気のある冒険者は上位の人たちが多くて、そんな売上金に頼らずともクエスト報酬や手に入れた戦利品を売るだけで物凄く稼げている。

 売上の一部などいらないからどうにかしてくれといったところらしい。


「それは……ギルドが悪いんじゃないでしょうか。一定のレベルのルールは相手の生活を守るためにも絶対に必要です。そのルールを厳守させてそれすら守れないならば商品を売らないようにするとか、売ったとしても種類や量に規制をかけて少なくするとか。あとは……ギルドが年に一度会費のようなものを徴収して会員になりたいならギルドが作成したルール厳守とし、真面目にルールを守る団体にだけ特別な商品を半年に一度渡すとか、会報を作って三、四ヶ月に一度発行して目当ての冒険者の独占インタビューとか姿絵とか載せて、それを真面目な団体以外には渡さないとかしたらどうですか。ああ守れないなら強制的に退会させればいいですね」


 ぺらぺらと提案する凪の話を口をパカっと開けて訊いているジェイク。


「ナ、ナギ……」

「はい? まぁでもそこら辺はギルドの方も考えたかもしれませんよね」

「いや! 画期的な案だ! それ採用させる!! ナギを宿屋に送った帰りにでもギルドに寄って提案してくる!!」

「ジェイクさん……み、耳が壊れます」

「あ、すまん!」


 キーンと耳が鳴るくらいの大声を近い距離で訊かされた凪。

 謝罪しながらも凄く嬉しそうなジェイクさんに首を傾げるのだった。


 後々に知ったのだが、ジェイクさんの仲の良い友人に高位の冒険者が何人かいて、ファンクラブなる団体に付け回されて嫌な思いをしていたのだそう。

 私の案でそれが少しでもマシになるならと嬉しかったという。


 機嫌良く私の手を握り直したジェイクさんは、ドラゴンの宿り木に案内してくれたた。

 ジェイクさんは、上位冒険者の常宿となっているドラゴンの宿り木は安全面でも信頼出来て、私のような幼子を安心して泊まらせることが出来ると説明してくれた。

 上位の冒険者ではなく新米の私が泊まることを許さるのだろうか……と不安だったが、紹介制なので気にしないで大丈夫なのだという。


「ジェイクさん、でも……ここってペットも同伴で泊まれるんですか?」

「ナギのペットってそこの白い犬だよな? 眷属化されてるから大丈夫だぞ」


 凪の傍にぴったりと張り付いてずっとおとなしくついてきてくれていたマシロ。

 マシロと一緒に泊まれないなら、どんなにいい宿でも別の宿を探すしかない。


「眷属化ってわかるんですか?」

「ん? そこの白いの左腕に腕輪がついてるだろう。それは眷属させられてるっていう証だ。その腕輪は眷属させた主人だけが主人の魔力を流すことで腕輪を外したり付けたり出来る。その腕輪がある限り誰にもコイツを眷属させることは出来ないし命令することも出来ないからな。眷属化したものなら宿に同伴で泊まれる。料金は人ひとりの三分の一上乗せされるけどな」

「そうなのですね。マシロも一緒に泊まれるなら良かったです」


(そうは言われても何だか不安……ジェイクさんが言ったことって本当?)


《本当ですね。眷属化されてあるマシロは宿に同伴で泊まれます。腕輪があることで主人の命令以外一切動かなくなるというより、動けなくなるといった方が正解ですけれと。絶対服従が眷属ですから》


(え、なにそれちょっと可哀想……命令にならないよう気をつけないと)


《マシロは喜んでますけどね。主を得られて至上の幸福を得たっていう気持ちの方が大きいと思いますが、それは異なる世界から来たマスターには理解しづらいことかもしれませんね》


(マシロが喜んでるなら良かったけど……複雑)



 宿屋の入口から中に入ると、古き良き時代の美しい洋館の玄関のような趣きのある内装が視界いっぱいに広がった。


 入口から右手には受付らしき場所があり、そこへとジェイクさんと向かう。

 質の良い木材を使ってそうなカウンターの中に執事服のような格好をした男性が立っていた。

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